科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

科学と技術に関係したエッセイのようなもの

音の基本要素「固有振動数」について【ギタリストのための音の科学 04】

これまではギターの弦の振動を単純化して、

f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}

この式で表されるように振動している、として扱って来ました。もちろん、この式が間違っているわけではないのですが、実際にギターの弦を弾いた時に起こっている振動はもっと複雑なものです。

その実際の弦の振動に近づくために、「固有振動数」という少々難しげな単語の意味を説明してみたいと思います。何故「固有振動数」の話をするかと言うと、ギターの弦の振動は「固有振動数」で出来ているからです。「固有振動数」だけで出来ている訳ではありませんが、「固有振動数」が弦の振動(音)の主な構成要素ということです。

ギターの弦の話をする前段階として、弦ではなく、公園などにあるブランコを想像してみてみましょう。弦もブランコも振動という意味では共通する部分がありますので、「固有振動数」のイメージを掴みやすい例としてブランコを取り上げます。

まずは、ブランコに体重30kg位の子供が乗って小さな振幅でゆらゆらと揺れている状態を思い浮かべて下さい。次に、体重100kgを超える力士が大きな振幅でぶんぶんと激しく揺れている状態を思い浮かべて下さい。さらに、30kgの子供がぶんぶんと、100kgの力士がゆらゆらと、という状態も思い浮かべて下さい。

ブランコに乗っている人の体重とブランコの揺れの大きさ(振幅)の二つを大きく違えた状態を想像してもらったのですが、それぞれの場合で、ブランコの振動数はどうなっているでしょうか? ブランコの振動数とは、ブランコの振動(=揺れ。真ん中(真下)から前方に行ってまた真ん中を通って後方に行きもう一度真ん中に戻って来るまで)が1秒間に何回起こるか、という数です。一回の振動に要する時間を「周期」と呼びますが、周期と振動数はお互いに逆数の関係になります。

よく知られているように、体重が重くても軽くても、大きく漕いでも小さく漕いでも、ブランコの振動数は変わりません。難しい話(かつ厳密な話)は省略しますが、ブランコの周期は鎖の長さで決まり、乗っている人の体重や振れ幅とは関係ありません。一般的なブランコ(鎖の長さを2.5m程度と仮定)の場合、0.3程度(つまり、一回揺れるのに3秒少々かかる)になると思います。

この一般的なブランコを振動数0.1(つまり、10秒で一回揺れる)で漕ぐことは出来るでしょうか? あるいは、振動数1(つまり、1秒で一回揺れる)で漕ぐことは出来るでしょうか? やってみなくても想像できると思いますが、そんな振動数(または周期)で漕ぐことは出来ません。

ゆっくりした揺れも、速い揺れも、漕いで実現することは出来ません。もし、ブランコの座板を手で持ったまま揺らせば、振動数0.1でも1でも(つまり、周期が10秒でも1秒でも)可能でしょうが、座板を持った手を放したらその振動数(または周期)では揺れてくれません。

つまり、ブランコには「揺れやすい振動数」がある、ということになります。どんな振動数ででも揺れてくれるわけではなく、特定の振動数が揺れやすく、それ以外の振動数で揺らしても、その揺れは続かない、ということです。そしてその揺れやすい振動数はブランコの鎖の長さで決まっています。

モノが振動する時、そのモノの事情(ブランコの例で言うと、鎖の長さ)で決まる「揺れやすい振動数」が存在していることがあり、そのような場合には、「揺れやすい振動数」を指して「固有振動数」と呼んでいます。固有振動数は単に「揺れやすい」だけではなく、「揺れた状態を維持しやすい」でもあります。そういう意味で、固有振動数での振動は「安定している」と表現されます。

固有振動数での振動は、発生しやすいだけではなく、すぐに消えてなくならない(長もちする)振動でもある、ということです。

地震の時のビルの揺れに関連して「固有振動数」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃると思います。ビルの構造から決まる揺れやすい振動数(固有振動数)と地震の揺れの振動数が一致するとビルが大きく揺れる、といった文脈で使われることが多いようです。ビルにいる人間にとってはありがたくない話ですが、ビルが揺れやすく、その揺れが長く続くのは、地震の揺れとビルの固有振動数との不幸な一致によるものなのです。

さて、ギターの弦にも固有振動数があります。より正確に言うなら、弦をギターに張った状態において、各弦にその状態に応じた固有振動数が存在しています。

これまで何回となく参照して来た、ギターの弦の振動数を表す式、


f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}

ですが、この式で表される振動数と固有振動数にはどんな関係があるのかと言うと、その答はシンプルでして、この式で表わされる振動数がギターの弦の固有振動数、ということです。ギターの弦には、弦の長さ(l)、張力(T)、線密度(\rho)で決まる固有振動数fがあります。

何か誤魔化されているような気になったかもしれませんね。これまでは「固有振動数」という概念に触れずに、「ギターの弦を弾いた時の振動数は~」という意味合いで、この式を使って来ました。

我々がギターの音として認識する振動は、ギターの弦を弾いた瞬間だけの振動ではなく、ある程度の長さに渡って継続する振動ですし、大きな振動と小さな振動では、大きな振動が認識の中心になります。

弦を弾いた瞬間には色々な振動数が混在していますが(いわゆる雑音も含め)、固有振動数の振動はそもそも振動しやすいため大きな振動となり長もちし、固有振動数以外の振動はあまり大きな振動とならない上に長もちせずにすぐに減衰するため、ちょっとした時間の経過で、固有振動数での振動が残り、我々は固有振動数を主な成分とした振動(もちろん、固有振動数以外の振動も含まれています)をギターの音として認識しているのです。

振動の種類 振動の大きさ 振動の継続 音への影響
固有振動数 大きい 長い 主成分
その他の振動 小さい 短い 小さい

つまり、これまで使って来た振動数の式は、ギターの音として認識出来るような振動の式であり、なおかつ固有振動数を表す式でもある、ということです。

ただし、注意すべき点が2つあります。ひとつ目は、ギターの各弦の固有振動数はひとつではない、という点。ふたつ目は、ギターの音の主成分は固有振動数の音ではあるものの、その他の振動数成分の影響は無視できない、という点です。

次の節では、ギターの弦には固有振動数が複数ある、というお話をします。そしてさらに、複数の固有振動数の組み合わせによって「音色」が出来ているという話が続く予定です。