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倍音の重ね合わせ、あるいは音の成分【ギタリストのための音の科学 06】

前回、ギターの弦の固有振動数に応じて、基音、2倍音、3倍音、……があり、ギターの弦を弾いた時には、基音だけではなく、2倍音、3倍音、……も鳴っている、という話をしました。

何故、基音だけではなく2倍音、3倍音、……も鳴るのでしょうか? 経験的にそれらの音も鳴っている事は知っていても、どうして2倍音や3倍音が鳴るのかについては、深く考えた事がない方がほとんどだと思います。「考えたらわかるのか?」と言われると、やはりそれなりの前提知識がないと難しいとは思いますが、実はここまでで、その前提知識のうち重要なポイントには触れて来ました。

その重要なポイントとは「固有振動数」です。

我々の問いは「ギターの弦を弾いた時に、何故、基音だけではなく倍音も鳴るのか?」です(複数の倍音をまとめて単に「倍音」と表記しています)。でも、この問いを良く考えると、基音を主たる存在、倍音を附属的存在とみなしています。だから、「本来は基音だけが鳴るべきなのに、倍音まで鳴ってしまうのは何故なのか?」という疑問に繋がるわけです。

でも、基音を特別扱いしないと、「そもそも(ギターの)音というものは、基音と倍音の組み合わせで出来ているものである」という考え方も出来るわけで、実際、この考え方が楽器の音の構造を理解するには適していると思います。

この基音と倍音を平等に扱う考え方は、根拠のないものではなく、基音も倍音固有振動数という意味では同じであり、前回の最後に出てきた固有振動数を表す式

f=\displaystyle\frac{n}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}\quad n=1,2,3\cdots

n = 1の場合を「基音」と呼んでいるだけで、n = 1の場合だけが存在するとか、n2以上の場合は起こらないとかはないのです。

固有振動数とは、振動が起こりやすく、その振動が長もちする、そういう振動でした。ですから、弦を弾いた時には、何種類もの固有振動が同時多発するのです。それはすなわち、基音も倍音も含め、複数の固有振動の組み合わせ(重ね合せ)でギターの音が出来ている、という事を意味しています。

また、音が複数の固有振動の重ね合せで出来ている、という考え方はギターに限ったものではなく、全ての楽器で言えることです。ただし、固有振動を弦の振動パターンで単純に実現出来ることと、それの弦の振動を我々が実際に見ることが出来るということにおいてギターは特別です。複雑な構造の楽器や音の一般論になると、固有振動数自体が複雑な要素の絡み合いで決められるものになり、簡単には計算できないような場合もあり得ます。

音叉の音やピー、プーというようないわゆる電子音は、倍音が少なく基音に近い音と言われています。こういう音は、音の特徴として、基音の成分が多く倍音成分が少ない(ゼロの場合もあるでしょう)ということで、一般論として楽器の音は複数の固有振動の重ね合せで出来ている、という理解に間違いはありません。

「複数の固有振動の重ね合せ」という表現を使いましたが、その表現ではどのように重ね合せるかについては語っていません。具体的に言うなら、個々の固有振動をどの位の重みを付けて重ねるのかで、例えば、基音を1、2倍音を0.8、3倍音を0.3、4倍音を0.5、5倍音以上は0、の割合で重ね合せる、のような数字の組み合わせです。

このような、各固有振動に対する重み付けによって、いわゆる「音色」が決まります。ギターとヴァイオリンで同じ高さの音を弾いても音色が違うのは、各固有振動に対する重み付けが異なることが主な要因です(その他の要因もあります)。

それでは、実際に基音と倍音を重ね合せてみましょう。簡単のため、基音、2倍音、3倍音、4倍音の4つの固有振動を重ね合せて、それをグラフで表してみます。

まずは、重ね合せる前に、基音、2倍音、3倍音、4倍音のそれぞれの波形を見てみましょう。

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これらの波形は、定常波ではなく進行波の一部を切り取ったものです。縦軸は波の振幅を表し、横軸は波の進行方向の位置を示します。ここでは振幅を1としていますので、波の山が1、谷が-1になっています。また、基音の波長を1としていますので、横軸の0から1の間で波がちょうど1周期となっています。2倍音は波長が半分、周波数が2倍になるので、横軸の0から1の間で2周期、以下3倍音も4倍音も同様です。ギターの弦に実際に起こる振動は、縦横比を上下に潰し、弦の長さを0.5に取った形で現れます。
そして、これらのグラフで表わされる基音、2倍音、3倍音、4倍音を重ね合せてみます。重ね合せるとは縦軸方向の振幅を足し算することです。ただし、それぞれの固有振動を同じ割合で重ね合せるとは限りません。下表のように重ね合せのパターンを変えてみます。それぞれの数値に特に意味はありません、重ね合せのパターンを変えることで、重ね合わさった波の波形が変化することを示したいだけです。

  基音 2倍音 3倍音 4倍音
パターン1 1 1 1 1
パターン2 3 1 0.2 0.1
パターン3 -1 -2 1 1
パターン4 1 1 -2 1

上表のパターンで各固有振動を重ね合せると以下のようになります。

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理論上、実際の音で起こっている重ね合わせは4倍音までではなく、その先の5倍音、6倍音と無限に続きますが、ここでは簡単のため、4倍音までの重み付け足し算をしました。それでも、重み付けのパターンで多様な波が構成出来ることが分かると思います。

この、固有振動の重ね合せについて、数学に詳しい方ならば「これはフーリエ変換じゃないのか?」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。まさにその通りでして、これはフーリエ変換そのもの、いや正確に言うと、固有振動から合成波を作るのは逆フーリエ変換ですね。ここで数学的な内容に深入りするつもりはありませんが、フーリエ変換をご存知の方であれば、音は固有振動に分解されるということを、「なるほど、そういうことか」と理解されることと思います。

フーリエ変換が出てきたので付け加えますが、我々の耳と脳はギター(他の楽器でも同様)の音から基音、2倍音、3倍音などなどを聞き分けられます。つまり、我々の音の認識において、どこかでフーリエ変換的な処理がなされている、ということです。もちろん、厳密なフーリエ変換とは異なるかもしれませんが、固有振動が混ざった音を聞いて、それを固有振動に分解するようなフーリエ変換的な処理が、耳あるいは脳のどこかで行われているのは間違いないでしょう(どうやら、一部は耳で、一部は脳で行われているらしいです)。

これまで述べてきたように、固有振動をそれぞれに重み付けしながら重ね合せることで、様々なパターンの振動(=音)を作り出せるのですが、これがすなわち、音色の違いとなり、ギターにはギターの音色、ヴァイオリンにはヴァイオリンの音色が存在し、我々はそれを聞いて認識出来るのです。

また、ギターであっても弾き方の違いによる音色の違いは、倍音の重ね合わせかたの違いによるものです。次回は、弾き方の違いで倍音の割合がどう変化するか、実音の測定で見てみたいと思います。