科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

科学と技術に関係したエッセイのようなもの

ギターと平均律【ギタリストのための音の科学 09】

ギターは平均律楽器と言われています。基本的に平均律に従った音階の音を出すように設計されているからです。

ピアノも平均律楽器と言っても良いでしょう。原理的には調律次第で平均律以外の音階にも対応出来ますが、現実的にはひとつの調律でどんな曲にも対応出来るように、平均律で調律することが一般的です。

ヴァイオリンやチェロは平均律楽器とは言えないでしょう。解放弦の調律をどうするかという問題はあるにせよ、押弦位置を自由にとれるため(振動数の式f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}において、弦の長さlを自由に決められる)、平均律に縛られることなく音の高低を演奏者がコントロールすることが可能です。三味線なども、ヴァイオリンと同様に平均律楽器ではありません。

ここで、平均律を音の振動数という観点で見てみます。

平均律とは1オクターブを12個の音に「均等に分ける」やり方を言います。12個とは基準となる音からその1オクターブ上のひとつ手前までの音を含みます。そして、その12個の音からいくつかの音を拾って音階を作ります。

「均等に分ける」とは、基準音から基準音の1オクターブ上の音までの13個の音を並べた時に、隣り合った音の振動数の比がどこも等しくなる、という意味です。振動数の差が等しいのではなく、振動数の比が等しい、という点に注意です。

ちなみに、この12の音のステップを「半音」と呼びます。「半音」が二つで「全音」です。1オクターブは12の半音で出来ています。我々は半音ずつ上がる音程を「均等なペースで上がる」と認識しますが、我々の感覚は振動数の比で音階を捉えている、ということです。

隣り合った音の振動数の比がどこも等しくなるということは、基準となる音の振動数に「一定のある数」(振動数の比)を掛けて、さらにその数にまた「一定のある数」を掛けて、という掛け算を12回やると、基準となる音の1オクターブ上、すなわち振動数が2倍の音が得られる、ということで、そのような音の集まりが平均律です。

従って、「一定のある数」とは、それを12回掛けると2になるような数、となります。こういう数を「2の12乗根」と呼びます。\sqrt{2}(=1.41421356…)は「2の2乗根」(2回掛けて2になる数)ですが、それの12回版です。

12回掛けて2になる数を自力で計算するのは面倒そうですが、幸いなことにスプレッド・シートの関数を使えば、特に苦労は要りません。というわけで、スプレッド・シートを利用して平均律の振動数を計算してみました。

f:id:nose-akira:20181021204721j:plain

上表の見方ですが、一番左の欄は基準音から作られる音に順番を付けています。便宜的に、基準音を0番目とみなし、基準音に2の12乗根を1回掛けたものを「1番目」、2回掛けたものを「2番目」、以下同様です。1オクターブ上の12番目を超えて15番目まで表にしています。

「基準音との振動数比」は文字通り、基準音との振動数比で「その音の振動数÷基準音の振動数」となる(はずの)数字です。計算は2の12乗根を適宜掛けて行っています。12番目では2.0000ですから、振動数がちょうど2倍、すなわち1オクターブ上ということで、計算方法が間違ってないことがわかります。

「110Hz」「220Hz」「440Hz」の欄は基準音をそれぞれ110Hz、220Hz、440Hzとした時の12の音の振動数を1オクターブ分と少し計算しています。

「音名」の欄はABCDEFGで表わされる音名です。高さによってA1、A2、A3などと使い分ける記法がありますが、ここではABCだけの表記です。ご存知の通り、110Hz、220Hz、440HzはどれもAの音です。

短音階」「長音階」の欄にある数字は、その数字の音を番号順に並べることで、短音階長音階が出来上がる、ということを意味しています。この点についても、ギタリストであればご存知のことと思います。

このようにして、平均律で使われる音を定義しましたが、「ギターは平均律楽器である」が何を意味しているかというと、フレットの刻み方が平均律の音を出すようなピッチになっている、ということです。
解放弦、1フレット押弦、2フレット押弦、3フレット押弦、……、で出る音(基音)の振動数の比は上表の振動数比になっています。

それでは、平均律を実現するようなフレットの刻みはどのようになるか計算してみたいと思います。ここで計算するのはあくまでも理論値で、もしギター製作を行うならば、フレットの形状や太さ、サドルの傾きなどを考慮した微調整が必要になることにご留意下さい。

この計算には平均律の振動数計算と、弦の振動の式を用いました。興味のある方はご自分でも計算してみて下さい。スプレッド・シートを使えば比較的簡単に計算出来ます。

f:id:nose-akira:20181021204958j:plain

クラシックギターの場合、24フレットまでは作らないと思いますが、2オクターブ分ということで、24フレットまで計算しました。

「解放弦長に対する比率」の欄は、解放弦の弦長を1とした時に、「ナットからフレットまでの距離はいくつになるか」という数字です。

「ナットからの距離」「低音側のフレットとの差分」「フレットを押さえた時の弦長」はいずれも、弦長を650mmとした時の計算値です。「低音側のフレットとの差分」とは隣の若い番号のフレットとのフレット間距離です。「フレットを押さえた時の弦長」は、フレットを押さえて弾く側の弦の長さです。

以上のように、ギターの平均律楽器としての仕組み(フレットのピッチ)が明らかになりました。また、ギターの各弦の音程は、例えば「6弦5フレットと5弦解放を合わせる」といったやり方で、各弦を跨いでも平均律が保たれるようにチューニングします。

電子チューナーで各弦を合わせる際にも、ギター用電子チューナーは平均律音階でのABCDEFGに合わせるように設計されていますので、(チューナーが正確であるという前提では)チューナーに正直にチューニングを行うと平均律となります。

上表を見ていると気付くと思いますが、ハーモニクスを出すために指を置くべき場所は5フレット、7フレットの真上ではなく、真上から少しずれた位置になります。それぞれ、解放弦長に対する比率が0.25、0.33333…になる位置に指を置くべきですが、平均律に従ったフレット分割をしているため、5フレット、7フレットでは0.25、0.33333…から少しずれた値になっています。


ギターという楽器は、平均律を実現する上では実に合理的な構造を持っている楽器です。もちろん、平均律には短所もありますが、特に現在のポピュラー音楽においては平均律が実質的なスタンダードになっていて、その中でのギター(エレキギターアコースティックギターが中心ですが)の存在感の大きさは、平均律楽器としての合理性と無関係ではないように思います。