科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

科学と技術に関係したエッセイのようなもの

「IBM Q System One」の発表について(アナリスト風に)

2019/1/8にIBMから量子コンピューター「IBM Q System One」が発表されました。

www.itmedia.co.jp

今日はこの発表について所感を述べたいと思います。

この記事には「世界初の商用統合ユニバーサル近似量子計算システム」という表現が使われていて、「ユニバーサル近似」ってのがよくわかりませんでした。

近似なんていう表現を使うのはあたかも計算が不正確であるかのようなイメージですから、量子コンピューターの発表としてはあまり相応しくないと思うのですが、そもそものIBMの発表でどういう表現だったのかがわからないので、元のプレスリリースを探してみました。

これですね。

newsroom.ibm.com

タイトルには「World's First Integrated Quantum Computing System」とあって、「ユニバーサル近似」に相当する部分はないのですが、本文の最初には「the world's first integrated universal approximate quantum computing system」と書いてあり、「ユニバーサル近似」とは「universal approximate」の訳であると思われます。でも、「universal approximate」を「ユニバーサル近似」と訳しても、翻訳した人も含めて意味不明でしょう。

この「universal approximate」は明らかに、D-Wave Systems社製量子コンピューターの動作原理である「quantum annealing」方式(量子アニーリング法または量子焼きなまし法と訳されます)を意識して、「quantum annealing」とは違う、という強い意味が込められていると思います。

 IBM量子コンピューターの動作原理は「量子ゲート方式」、D-Wave Systemsの量子コンピューターの動作原理は「量子アニーリング方式」です。前者は汎用的(古典コンピューターほど汎用的ではありませんが)で応用範囲が広く、後者は組み合わせ最適化問題などに限られた応用になります。ただし、後者の方が技術的なハードルが低く実用化が早いというメリットがあります。

というわけで、IBMの「universal approximate」には「森羅万象の普遍的な問題を扱える」といった意味合いがあるのではないかと思います。approximateは計算の値が近似値という意味ではなく、「(普遍的な問題を)計算モデル化できる」というような意味での「近い」ではないでしょうか? 

ちなみに、AI(人工知能)の世界では、ニューラルネットワークにおけるUniversal Approximation Theoremってのがあって、普遍性定理と訳されていますが、そういう意味での「普遍性」と似たような意味だと思います。

もし私が「universal approximate」をプレスリリース向けに訳するなら「森羅万象に適用可能な」みたいな、やや詩的な表現にするかもしれません。

さて、「ユニバーサル近似」はさておき、IBMのプレスリリースをざっと読んでみても、何か技術的に新しいことを成し遂げたわけでもなく、IBM Q System Oneの量子ビット数すら記載されておらず、クラウドでの量子ゲート利用ってのも以前からやってますし、特に新しいことのない肩透かし風プレスリリースです。

発表をCES 2019に合わせていることからして、これまでの量子コンピューターでの成果をまとめてアピールしたかった、という感じかもしれません。あるいは、CERNとかFermilabとか、錚々たる研究機関がユーザーについたことを発表するのに、あれこれ盛ったのかもしれません。

さらに深読みすると、どこかのユーザー(現時点ではスポンサー的でもある)を獲得するための打ち上げ花火かもしれません。いずれにしろ、技術的成果主導のプレスリリースではなく、マーケティング的あるいは営業的な意味合いの強いプレスリリースだと思います。

個人的には、IBMのD-Wave Systemsへの対抗意識が感じられて、非常に面白かったです。