科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

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「遠達性」の謎に迫る(上)【ギタリストのための音の科学 15】

「遠達性」という言葉があります。多くはクラシックギターの特徴として、「遠達性がある」とか「遠達性が低い」などと使われます。他の楽器でも使われることがあるのかもしれませんが、Google検索の結果では、ほとんどがクラシックギターに関しての言及です。

遠達性という言葉には厳密な定義はないようですが、字義的には「音が遠くまで達する(ギターの)性能」というような理解でかまわないのではないかと思います。コンサートホールなどで、後ろの席でもよく聞こえるかどうかを表す時に、遠達性という言葉を使う人が多いようです。

一般的に、遠くまで音を届けるような演奏技術ではなく、ギターの性能として遠達性が語られます。

クラシックギターはもともと音があまり大きくないので、それなりの大きさのホールでの演奏では、後ろの席に音を届けることが重要な課題になります(音質面で、PAを使いたくないギタリストが多いのです)。だからクラシックギターについて遠達性が語られることが多いのでしょう。ピアノのような大きな音が出る楽器、エレキギターのように電気的に音を増幅することが前提の楽器では、遠達性を話題にすることはほとんどないと思います。

さてこの「遠達性」ですが、謎の概念です。そもそも定義がしっかりしていない上に、音響学的な研究があまり行われていないのか、理論的な裏付けが語られる事もほとんどありませんし、どういうギターどういう音が遠達性に優れるのかの議論にも定説がありません。プロのギタリストでも、遠達性について理路整然と語れる方はほとんどいないと思います。

ギタリストも評論家もギターショップ関係者も、個々のギターについて「これは側鳴りばかりしていて遠達性が低い」と言ったり、特定の製作家のギターを「○○さんのギターは遠達性に優れる」と言ったりはありますが、遠達性のカラクリを合理的に説明している人は見たことがありません。

というわけで、遠達性の謎に迫ってみたいと思います。

そもそも、私が最初に遠達性という言葉を聞いた時の感想は、「遠達性? 音がでかければ遠くまで届く、ってだけのことでしょ?」でした。つまり、ギターの性能として「大きな音が出る」はあっても、「遠くまで届く」は意味がないと思ってました。

ただ、色々な方のお話を聞いたり、雑誌やブログの記事を読むと、音の大きさとは独立して、音が遠くまで届くか否かの差が(耳の肥えた人には)歴然とあるらしいのです。こういう人間の感覚は決してバカに出来ないもので、かなり精密な測定を行ってもわからないようなことでも、人間は知覚可能だったりします。

私も徐々に「ギターの性能として、あるいは音の性質としての遠達性は存在する」と思うようになって行ったのですが、その理論的な裏付けはさっぱりわかりませんでした。ブログや雑誌で目にする遠達性は、その方が感覚的に語っているだけでしたので、私としてはそのレベルでは遠達性を理解した気にはなれませんでした。

このブログを始める前から、私にとって遠達性は大きな謎でした。いつかこのブログで遠達性について書きたいと思っていたのですが、何もわからないので書きようがありませんでした。でも最近になって、ある仮説についての音響学的な裏付けを発見したので、遠達性の謎を全て解明したとは言いませんが、中心的な部分に関しては、それなりに説得力のある仮説を提示できるのではないかと思います。

そうです、あくまでも遠達性に関する仮説の提示です。実験で確かめられれば一番よいのですが、残念ながら、私には実験のための機器や設備が十分にありませんので、実験結果で仮説を裏付けることは出来ません。その仮説についての信頼性は、これを読んだ皆さんが判断していただければと思います。

まず最初に、遠達性を左右するであろう3つの要素を挙げます。

  1. 音の大きさ
  2. 音の指向性
  3. 音の質

1は自明だと思います。大きな音なら遠くまで届く、です。

2も分かりやすいでしょう。音が四方八方に散らばるのではなく、ギタリストにとっての前方に向かって指向性を持って出ていくと遠達性が高いと言えるでしょう。何故なら、遠達性とはギタリストの横や後ろに対して遠くへ届くことを意味しておらず、ギタリストの前方に対するものだからです。

どのような構造、材質、特性のギターが前方への指向性が高いのかは私には不明です。個人的な直感では、ギターの表板がよく振動し、側板や裏板があまり振動しないようなギターは前方への指向性が強そうに思いますが、あくまでも直感であって、特に裏付けはありません。

ただし、以前テレビ番組でストラディバリのヴァイオリンの音を測定していて、他のヴァイオリンにないストラディバリウスの特徴として、前方への指向性の強さが明らかになっていましたので、ギターにおいても、前方への指向性と遠達性を結びつけるのに無理はないと思います。

問題は3です。音の質と遠達性との関係。これが私がずっと謎に思っていた点です。遠達性の高い音質というものはあるのか、あるとしたら、どういう音質だと遠達性が高いのか。実はある仮説を持ってはいたのですが、その仮説の理論的裏付けが全く出来ていなかったのでした。

この仮説については次回に説明したいと思います。

つい先程、「遠達性」をGoogle検索していて気付いたのですが、2018年10月号の雑誌「現代ギター」では、遠達性についての記事が載っていたようですね。私はその記事を読んでいないのですが、読んだ方のブログによると、その記事の中で、ある方が遠達性と音質について私の仮説とは逆のことを言っていたようです。

もし「現代ギター」2018年10月号を読まれた方がいらしたら、次回の私の仮説およびその根拠と現代ギター記事の内容を比べて、感想をお聞かせ願えれば幸いです。私の仮説には一応、音響学的というか流体力学的でもある根拠は用意しているつもりです。

では次回。キーワードはやはり「倍音」です。