科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

科学と技術に関係したエッセイのようなもの

クラシックギターの高音弦の選び方【ギタリストのための音の科学 24】

諸般の事情で私は最近、ここ数年使っていた高音弦を変更しましたので、私なりの高音弦の選び方をまとめておきたいと思います。もちろん、「諸般の事情」も説明します。

 

言うまでもありませんが「どの弦が良いか」という問いには決まった答などありません。音色に対する個人の好み、優先する項目(音色とか音量とか価格とか、その他色々)、ギターとの相性、個々人の弾弦技術との関係など、様々な事柄に影響されますので、以下には弦の固有名詞が出てきますが、それはあくまでも「私のギターに張って私の技術で弾いた音を、私の耳と好みで評価した結果」を元に、「この弦は◯◯◯◯」という評価をしているにすぎません。

 

特に私は右手の爪を伸ばしていないため、爪で弾く一般的なクラシックギタリストのみなさんとは、条件が大きく異なりますので、その点はご承知おきください。

 

個人的な要素が強い評価ではありますが、【ギタリストのための音の科学】という副題ですから、単なる好みの話ではなく、また特定の弦の良し悪しではなく、高音弦の選び方について、ある程度は科学的な考察を行い、ある程度は全ギタリストに共通する指針を提示したいと思っています。

 

クラシックギターの弦は一般的に、1 - 3弦がナイロン(もしくはナイロンに近い素材)をそのまま紐状にしたもの(釣り糸と同様です)で、4 - 5弦がナイロンの糸を撚ったものに金属の細い紐を巻き付けています。作りの違いから、1 - 3弦を高音弦、4 - 6弦を低音弦と分類しています。で、今回の話題は高音弦の方。

 

過去数年間(10年近く?)私が使っていた高音弦はサバレスのアリアンスという弦です。アリアンスには張力の違いでノーマルテンションとハイテンションがありますが、当初はノーマルテンション、その後ハイテンションに移行しました。

 

アリアンスを選んだ理由は、通常のナイロン弦だと減衰が速くてボケた感じになる3弦の音が、アリアンスではかなり改善されているからです。その辺りの事情は以前、以下のエントリで書いたことがあります。

 

nose-akira.hatenablog.com

 

アリアンスを何年も使っていたのですから、アリアンスの満足度は高かったわけです。いや、過去形にする必要もなく、今でも良い弦だと思ってます。

 

アリアンスの特徴(他のいわゆる「カーボン弦」にもほぼ共通)は、素材の密度が高く、従って他のメーカー、ブランドの弦に比べて細く、張力が高い、という点で、その結果、3弦の音は減衰が小さめで、ボケた感じの少ない音色になっています。何種類かの「カーボン弦」を試して、私個人の総合的な3弦評価ではアリアンスが最も高かったのでした。

 

3弦の評価でアリアンスを選んだのですが、1弦と2弦にも満足していました。ただ、以下の3つの記事で触れているように、アリアンスの1弦は特に張力が高いのです。

 

nose-akira.hatenablog.com

nose-akira.hatenablog.com

nose-akira.hatenablog.com

 

張力が高いだけなら特に問題はないのですが、「私のギター、私の弾き方では」1弦のハイポジション(10フレット以上)で音がペシペシした印象(これも減衰が速いのだと思われます)だったのも事実。もちろん、どんな弦であってもハイポジションでは弦長が短くなって、振動に対する弦自体の抵抗が相対的に増えますので、減衰が速くペシペシした音になる傾向はあるのですが、アリアンスの張力の高さを数字で見てしまったので、この高い張力がペシペシを助長しているような気になってしまったのでした。

 

3弦はいわゆる「カーボン弦」であるアリアンスが必須ですが、1弦と2弦は通常のナイロン弦でも良いと思われます。こういう事を考えるギタリストは多くて、3弦だけをアリアンスにしている人も少なくありません。

 

参考情報(3弦のアリアンス率が高いです)

www.auranet.jp

 

アリアンスのメーカーであるサバレスも、こういった事情はよくご存知のようでして、「3弦はアリアンス、1弦と2弦は通常のナイロン弦であるニュークリスタル」というセットを出しています。このセットは「クリエイション」と名付けられていますが、ギターの弦というのは一般に、バラバラで買うよりも6本セットで買った方がお安い(値引率が違う)ので、このクリエイションを試すことに。

 

6本セットで買う場合、高音弦のクリエイションと組み合わせられる低音弦は、私が愛用していたコラムではなく、コラムの上位モデル的位置づけのカンティーガまたはカンティーガ・プレミアム。という訳で、カンティーガ+クリエイションのノーマルテンションを買って鳴らしてみました。

 

その結果ですが、残念ながらニュークリスタル1弦ではペシペシ感はアリアンスとあまり変わりませんでした(くどいようですが、私のギターで私の弾き方で、です)。ただし、全く予想していなかったのですが、ニュークリスタルの2弦が非常に良かった。指で押し込む時の抵抗感が弾きやすいし、開放からハイポジションまで音にパワーがあるし、ニュークリスタル2弦は非常に気に入りました。

 

そうすると、2弦はニュークリスタル、3弦はアリアンスに決まりで、1弦をどうにかしたいところ。そこで思い出したのは、以前に使っていた弦で1弦のハイポジションの音が気に入っていた、オーガスチンのインペリアルという弦です。

 

私は以前、高音弦はオーガスチン・インペリアル、低音弦はサバレス・コラムという組み合わせで使っていましたが、それを使い始めてから雑誌で読んで知ったのですが、このインペリアル+コラムの組み合わせは村治佳織さんが愛用しているとのこと。なんか嬉しかったですね。

 

この組み合わせはメーカーが異なる高音弦と低音弦の組み合わせなので、メーカーとしてのセット売りにはなりませんが、現代ギター社ではこの組み合わせを独自に仕立てて「オーガスチン・サバレス/KMセット」としてセット売りしています。KMってWebでは明言していませんが、Kaori Murajiですね。現代ギターの実店舗のポップには村治佳織さんが使っていると書いてあります。

 

下記ページの上から1/3位のところに「オーガスチン・サバレス/KMセット」があります。村治佳織さんにあやかりたい、一般のおっさんクラシックギタリストの需要に答える商品ですね。村治佳織さんとは関係なく、私は自分の耳で判断して使っていたのですよ、念の為。

 

https://www.gendaiguitar.com/index.php?main_page=string_order

 

さて、それはさておき、1弦のペシペシ感解消のために、オーガスチンのインペリアルを張ってみました。はやり、以前には好みで(私のギター、私の弾き方で)使っていただけあって、1弦の音は期待通りでペシペシ感はほぼ解消されました。

 

1弦ハイポジションのペシペシ感ですが、きちんとした考察は出来ていないのですが、張力の他に、弦の柔らかさも関係しているような気がします。ハイポジションで弦が短くなった状態で健全に振動してもらうためには、弦がある程度柔らかくないとならないように思います。実際、アリアンスは硬いので、それがペシペシ感の一因となっている可能性があると思います。

 

というわけで、私のギターの高音弦は以下のように落ち着きました。

  1. オーガスチン インペリアル
  2. サバレス ニュークリスタル
  3. サバレス アリアンス

高音弦が3本別々の弦になるなんていう事態は、全く想定したいなかったのですが、高音弦選びの基準として、多くのギタリストに共通するであろう、3弦のボソボソ感と1弦ハイポジションのペシペシ感(両方とも減衰が速い問題だとは思います)について考えていたら、こんな組み合わせになってしまいました。

 

多くの方は高音弦をセットで買われるでしょうし、こんなバラバラな買い方を推奨するわけではありませんが、高音弦の評価ポイントとしては、3弦のボソボソ感と1弦ハイポジションのペシペシ感は重要なのではないかと思う次第です。

 

ところで、上記のバラバラな組み合わせですが、私のギターの先生も全く同じ組み合わせで使っていることが判明しました。もちろん、そうと知っていた訳ではなく、「実は高音弦を変えたんですよ」と話していたら判明したのですけど、先生がこの選択をしていたことで、自分の耳もまんざらではないな、などと自己満足しているのでありました。

 

以上、私なりの高音弦の選び方とその結果でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイレントギターの1弦問題(その後)【ギタリストのための音の科学 23】

サイレントギターをアンプに繋いだとき、「1弦の音だけが極端に小さい」という問題とその原因について、「サイレントギターの1弦問題(前編)」および「サイレントギターの1弦問題(後編)」で書きました。

 

要するに、1弦に張力の高い弦を使っていたために、圧電素子のピックアップでは1弦の音を十分に拾えなかったのが拾った音が小さい原因で、張力の低い1弦を使うことで問題が解決できました。

 

具体的には、それまで使っていたSAVAREZのALLIANCE HIGH TENSION(1弦の張力:9.1kg重)からAUGUSTINEのREGAL(7.7kg重)とHANNABACHのSuper Low Tension(7.5kg重)に代えて、自分の耳で聞いた感覚としては大きく改善されました。

 

ただし、張力の数字はメーカー公表値ではなく、現代ギターによる実測値です。メーカー公表値はメーカー間で測定条件が揃っているか否か不明ですし、非公表の弦もありますので、比較のためには現代ギターによる実測値を使いました。

 

でまあ、大きな音が出るようになってめでたしめでたしではあるのですが、世の中にはもっと張力の低い1弦も存在しておりまして、それに代えたらさらに良くなるのでは、などと考えるわけです。

 

全ての弦を調べた訳ではないですが、比較的簡単に手に入る弦で最も1弦の張力が低いのはおそらく、ProArte EJ43 Lightではないかと思います。

 

で、プロアルテのEJ43ライト(7.2kg重)も試してみました。これまた自分の耳の感覚でしかありませんが、更に改善されたように思います。当初のSAVAREZ ALLIANCE HIGH TENSION(9.1kg重)と比較すると、20%以上も張力下がっているので、かなり大きな違いと言えるでしょう。

 

現在、私のサイレントギターにはProArte EJ43 Lightのセットが張られています。つまり、1弦から6弦まで全てがEJ43 Lightです。そうすると、1弦だけではなく2弦も3弦も低張力になるので、2弦も3弦も大きな音が出て、相対的には1弦の音の大きさが目立たないかもしれません。

 

実際に弾いた感じでは、従来よりも大幅に改善はされているものの、1弦の音はもう少し大きくなって欲しいところです。そのために、2弦と3弦の張力を上げてしまおうと思います。

 

ProArte EJ43 Lightの2弦と3弦の張力はそれぞれ5.3kg重と5.4kg重ですが、AUGASTINE REGALの2弦と3弦はそれぞれ5.8kg重と5.7kg重です。あまり大きな違いはありませんが、多少の効果はあると思います。REGALは安いですし。

 

というわけで、次回からは高音弦は

  1. ProArte EJ43 Light 7.2kg重
  2. AUGUSTINE REGAL 5.8kg重
  3. AUGUSTINE REGAL 5.7kg重

の組み合わせで行こうと思います。今日、この組み合わせを3セット買ってきました。低音源はSAVALEZ CORUM HIGH TENSIONを3セット持っているので、それを使います。

 

生のギターに貼る弦については、音色を大きく左右するので、何年もあれこれ試して最善と思われる弦を選んでいますが、サイレントギターの弦は「どうせピックアップで拾う音出し、アンプでどうにでも出来るから、弦は何でもいい」とこれまでは思ってました。

 

ところが、ピックアップで拾う音が1弦だけ小さすぎるという想定外の出来事で、サイレントギターにも弦選びは重要であるという知見を得ることが出来ました。

 

悩んで考えて仮説を立てて弦を交換して音を出して、という一連の流れは、なかなか楽しい経験でした。

 

サイレントギターの1弦問題(後編)【ギタリストのための音の科学 22】

前回の「サイレントギターの1弦問題(前編)【ギタリストのための音の科学 21】」の続きです。

nose-akira.hatenablog.com

 

サイレントギターの1弦の音量が極端に小さいという問題。どうしてそうなるのか、全然わからなかったのですが、サイレントギターのピックアップがピエゾ素子(圧電素子)で、圧電効果を利用したものであるということがわかり、それが手がかりになりました。

 

参考までに、圧電効果圧電素子についてのWikipediaのリンクを貼っておきます。

 

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

 

圧電効果というのは、特定の物質に圧力をかけると電圧が発生する現象で、この現象を利用してピックアップはもちろん、ライターやガスコンロの点火用部品なども作られています。

 

サイレントギターのピックアップによる圧電効果の利用ですが、圧電素子は弦の振動をサドルを通じて圧力として受け取り、その圧力および圧力変化の周波数に応じて電圧が発生して変化しますので、その電圧変化を増幅して音にすることが可能になっています。

 

そして、1弦の音が小さいということは、1弦の振動による圧力が小さいということになるでしょう。サイレントギターは1つの圧電素子で6弦全ての振動を拾っているのですが、弦によって(=周波数によって)増幅の割合を変えているか否かによらず、サイレントギター開発陣が想定していたよりも、1弦の振動による圧力が小さいから、1弦の音が小さくなったのでしょう。

 

1弦は一番細く一番軽い(線密度の低い)弦ですから、そもそも、振動エネルギーも小さく、圧電効果を生みにくい(従って、出る音も小さい)と思いますが、サイレントギターを開発したエンジニア達はそんな事情は当然知っていて、1弦だけが極端に小さな音になるようには作らないと思います。

 

では、何が悪くて私のサイレントギターは1弦だけ音が極端に小さいのでしょうか?

 

色々と考えて、ある日思い至ったのは、私のサイレントギターに張られている弦は、特に1弦の張力が大きいことです。張力が大きいと、いわゆるピンと張った状態ですから、同じように弾いた時の弦の揺れ幅は小さくなるでしょう。従って、圧電素子にかかる圧力も減って、音が小さくなってしまうのではないでしょうか?

 

私がサイレントギターに張っている高音弦は、SAVAREZのALLIANCE HIGH TENSIONという弦で、フロロカーボン素材で出来ていて線密度が大きく、従って、張力が大きくなるタイプの弦です(「ギタリストのための音の科学」の最初の方でやった、振動数と線密度と張力の関係式を思い出して下さい)。

 

実際、ALLIANCE HIGH TENSIONを弾いた実感としては、特に1弦の張力が他の弦に比べて大きいと感じていました。

 

というわけで、私が張っている1弦の張力の大きさが圧電効果を起こりにくくして、その結果として音が小さいということになったのではないか、という仮説にたどり着きました。

 

もう一度整理すると、

  1. 1弦の張力が大きい →
  2. 弾いたときの弦の振動の振れ幅が小さくなる →
  3. ピックアップの圧電素子にかかる圧力が小さくなる →
  4. 圧電素子で発生する電圧が低くなる →
  5. 音が小さくなる

というわけです。

 

上記のような仮説を見出したのですから、やることはひとつです。張力の弱い弦に張り替えてみました。

 

結果は……、大成功でした。やはり張力の小さい弦にすると、明らかに音が大きくなりました。理想を言えばもう少し大きくなって欲しい気もしますが、上記仮説の検証という意味では、自分の感覚としては間違いないと思います。きちんと測定したわけじゃないので、科学的な検証とは言えないのですが、そこはご容赦を。

 

 どういう弦に張り替えたのかと、張力はどの程度違うのかという話を最後にまとめます。弦の張力について、ちょっと前の現代ギター誌で測定していたことを思い出しまして、検索してみたら、現代ギター誌の記事を引用しているブログを見つけましたので、そのブログの数字を引用します。

 

まず、最初に張ってあった、1弦の音が極端に小さくなる弦ですが、先程出てきたSAVAREZのALLIANCE CORUM HIGH TENSIONです。この弦の1弦の張力は9.1と測定されています。以下のブログ記事からの引用です。単位はkgと書いてありますが、力の単位なのでkgではなく「kg重」でしょう。また、「アリアンスH」と書かれているのが私の弦です。

arata-hibiki.com

 

次に張り替えた弦は、AUGUSTINEのREGALです。この弦を選んだ理由は、通常のナイロン弦で比較的お安い、というだけです。REGALの1弦の張力は7.7kg重です。この弦にして、明らかに1弦の音が大きくなりました。下記のページで「リーガル青」と書かれているのが、この弦です。

arata-hibiki.com

 

これで張力を小さくすることが有効だと分かりましたので、さらに張力が低そうな弦を張ってみました。HANNABACHのSuper Low Tensionです。名前からして張力が低そうですが、ちょっとうっかりしていて、実際は「Super Low Tension」なのは低音弦の方で、1弦はさほど「Super Low Tension」ではありませんでした。でも、AUGUSTINEのREGALに比べてやや小さく、1弦の張力は7.5kg重です。音の大きさは「やや大きくなったかな?」程度です。張力が大きく変わらないので、そんなものでしょう。

arata-hibiki.com

 

最初に張っていて「音が極端に小さい」と感じていたSAVAREZのALLIANCE HIGH TENSIONは数あるクラシックギター用高音弦の中でも、おそらくトップクラスに1弦の張力の大きな弦で、それがサイレントギター用ピックアップの特性に合わず、「1弦の音が極端に小さい」の原因になっていたと見做して良いと思います。

 

現在張っている、HANNABACHのSuper Low TensionはSAVAREZのALLIANCE HIGH TENSIONに比べて17%以上も1弦の張力が小さい弦で、サイレントギターの「1弦の音が極端に小さい」という問題を大幅に改善することが出来ました。次は何を張るかはまだ決めていませんが、もちろん、張力が低いことを基準に選びます。

 

この問題を最初に自覚してから一応の解決を見るまで、1年半近くの年月がかかってしまいましたが、今にして思えば「もっと早く気付けよ!」という他はないですね。

サイレントギターの1弦問題(前編)【ギタリストのための音の科学 21】

私は普通のクラシックギターの他にヤマハのサイレントギターも使っています。

jp.yamaha.com

上記のモデルは最新のやつですが、私が持っているのは10年位前のモデル。でも、基本構造は同じです。ちなみに、サイレントギターは金属弦のタイプ(アコースティックギターに近いネックと音)とナイロン弦のタイプ(クラシックギターに近いネックと音)があるのですが、私が持っているのはナイロン弦タイプです。

サイレントギターを買った理由は夜の練習用です。クラシックギターはもともと音量があまり大きくないので、そのまま自宅で夜に弾いても、周囲にさほど迷惑ではないのですが、念の為ということで購入しました。

サイレントギターは本来、アンプを繋いで使うものですが、夜の練習用なので、ずっとアンプを繋がずに使っていて、従ってアンプは必要ないので買ってませんでした。

3年ほど前に、ギターの生音だけではなく電気を使った音も出してみたくなり、セミアコとかフルアコエレキギターの種類です)とかを買おうかと考えたこともあったのですが、既に持ってるサイレントギターをアンプに繋げばいいじゃん、という当たり前の事に気付きました。

YouTubeでサイレントギターの演奏を探したら、「こういう音が出したかったんだよ!」というリー・リトナーの演奏もあったりして、結局、ヤマハから出ているサイレントギター用のアンプを買いました。

リー・リトナーによるサイレントギターの演奏には、こんなのがあります。他にも色々ありますので、興味のある方は探してみて下さい。

www.youtube.com

というわけで、サイレントギターをアンプに繋いで音を出したのですが、ここでひとつ大きな問題が。いや、人前で演奏する訳じゃないので、大した問題ではないのですが、アンプから出てくる音が1弦だけ極端に小さいのです。

もちろん、アンプのツマミをあれこれいじりましたよ。基本的には高音を大きく、低音を控えめにする方向でセッティングしたのですが、あまり効果はありませんでした。ヤマハのサイトのFAQを探したり、ググって同じ症状を探したりしても、全然見つかりません。

こうなると、アンプが良くないのか(ヤマハがサイレントギター用として売っているアンプだから、モノが悪いはずがなく、何らかの故障か)、サイレントギターのピックアップが良くないのか(これも、ピックアップが壊れているとか)、です。

まああれこれ考えたわけですが、「そういえば…」と思い出したことがあります。サイレントギターのピックアップは通常のエレキギターエレキベースで使われているピックアップと原理が違うのです。

下の写真はヤマハのサイトにあるサイレントギターの写真です。エレキギターにあるようなピックアップが見当たりません。というか、写真を見ただけではどこにピックアップがあるかわからないと思います。

https://jp.yamaha.com/files/top_sg_1200x480_8ba8366916023436ce687fdb913e2023.png

実はピックアップはサドルの下にあります。

サドルというのは、ボディ側で弦を止める部分(上の写真では左側)の近くにある白い枕木のような部品です。弦を全部外すと、このサドルはポロッと取れて、その下にサドルと同じ幅の細くて薄い板状の部品が入っていて、それがピックアップです。

このピックアップはピエゾ素子を使ったピックアップで、ピエゾピックアップと呼ばれてます(まんまです)。ピエゾピックアップがどういうモノなのかは、下記のページでわかると思います。エレアコなどと呼ばれてるギターもこのピエゾピックアップを使っているものが多いようです。

naru-gakki.com

エレキギターなどのマグネティックピックアップが電磁誘導で弦の振動を電気信号に変換しているのに対して、このピエゾピックアップの原理は「圧電効果」という現象を応用したものです。

というところで一旦区切り、この続きは後編で述べます。

大学の頃、物理学実験の最初の課題が圧電効果の測定だったということで(他の実験はほとんど忘れてますが、圧電効果は覚えてます)、幸運にも私には圧電効果についての少々の知識があったことが、サイレントギターの1弦の音が小さいという問題の解決に繋がる……のでしょうか?

東京大学の光量子コンピューター

先日(2019年10月18日)、東京大学大学院工学系研究科が光量子コンピューターについての発表を行いましたので、その内容について簡単な解説を行いたいと思います。もちろん、学術的にはほんのさわり程度しか理解できていませんので、あれこれと不十分な点はあると思いますが、ご了承ください。ただ、正直言って、「こんなやり方があったのか」と驚いています。

 

www.itmedia.co.jp

 

この記事に限りませんが、一般的なIT系メディアが量子コンピューターについて記事を書いても、記者が量子コンピューターをなかなか理解できず(無理もないことですが)、プレスリリースから適当に抜粋したみたいな記事になり、結局よくわからないことが多いので、元のプレスリリースを当たってみました。

 

下記リンクが元のプレスリリースですが、WebページではなくPDFになってます。

 

大規模・汎用量子計算を実行できる量子もつれの生成に成功 ―新しいアプローチで量子コンピューター実現に突破口―

 

この中の「2.発表のポイント」に3つのポイントが書いてありますが、学術的価値観とは若干ずれるとしても、一般の興味としては3番目のポイント、

 

現在主流のゲート方式の量子コンピューターの限界を克服できる新しいアプローチであり、量子コンピューターの実現への新たな可能性を拓いた

 

が最も重要かと思います。

 

これまでこのブログで量子コンピューターについて紹介してきた際に、量子コンピューターには「量子ゲート型」と「量子アニーリング型」があると言って来ました。IBMGoogleが開発しているのは「量子ゲート型」で、D-WAVEが製品化しているのが「量子アニーリング型」です。

 

そして、今回の東京大学大学院工学系研究科の発表は、その二つのどちらでもない方式(「一方向量子計算方式」と呼んでいます)を実現するための基礎技術に大きな進展が見られた、というものです。

 

つまり、「量子ゲート型」と「量子アニーリング型」とは別の「一方向量子計算方式」という方式の実現可能性が高まった、そして「一方向量子計算方式」には、「量子ゲート型」の実現を阻む主な困難が原理的に存在しないという利点がある、ということです。

 

量子アニーリング型」は「計算」というよりは「選択」に近い感じの特殊なアーキテクチャなので、ここではちょっと脇に置いといて、「量子ゲート型」と今回発表の「一方向量子計算方式」を比較して考えてみます。

 

「量子ゲート型」の考え方は、古典コンピューターの演算に近いものがあります。ビット同士のANDとかORとかEORの演算を組み合わせて様々な計算を行うのが、我々が普段使っている古典コンピューターのCPUですが、「量子ゲート型」もそれに似ていて、CNOT(制御NOT)などの(量子の重ね合わせを保持する)論理演算を組み合わせて各種の演算を実現しています。

 

例えば古典コンピューターのANDを実現する回路を作ろうとしたら、32bitとか64bitとかのレジスター(演算のための小容量の一時記憶場所)を3つ用意して(a, b, cとしましょう)、aとbのAND演算の結果をcに書き込むように作ればOKです(aに書いても悪くないんですけどね)。そして、メモリとレジスターの間でデータのやり取りができれば、どんなデータのANDも行うことが可能です。

 

一方、量子コンピューターの場合、「量子メモリ」というものが存在していません(研究は進められていますが、量子状態の重ね合わせを保持することと読み書きすることが相反するので、なかなか難しいのです)ので、例えば100量子ビットの「量子ゲート型」コンピューターは100量子ビット全部がレジスターで、レジスターの一部の量子ビットに対して演算を行わなければなりません。

 

下図は前述のプレスリリースからの引用です(以下、図は全てプレスリリースからの引用です)。量子ビット数が増えるに従って、必要となるオレンジ色のゲート(ある演算機能を持った回路)数が劇的に増えることがわかると思います。

 

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量子回路モデルのイメージ図

 

つまり、メモリとレジスターでやり取りが出来る古典コンピューターと違い、全量子ビットの全ての組み合わせを演算出来るように、演算回路を作る必要があります。実用に足る量子ビット数はメガ単位以上になると思いますので、それらの全量子ビットを結ぶ回路を作るのは大きな困難になります。

 

以上が、「量子ゲート型」の構造的な困難です。

 

一方で、 「一方向量子計算方式」には原理的にその困難が存在しません。その理由の前に、「一方向」という言葉の意味を説明しましょう。プレスリリースには「一方向」の解説はなかったので、以下の説明は私の推測ですが、多分外してないと思います。

 

古典コンピューターのAND演算などは基本的に「一方向」です。a AND b --> cの演算結果のcだけを見て、aとbを生成することは出来ません。aとbの値をどこかに保存しておけば、それを参照することは可能ですが、AND演算の出力から、入力データを特定することは出来ないのです。まあ、当たり前のことです。

 

ところが、「量子ゲート型」の演算は全て可逆過程なのです。説明は省きますが(波動関数の時間対称性とか、まあそういうことですが)、それが「量子ゲート型」の量子コンピューターだと思って下さい。可逆過程、すなわち双方向です。(ちなみに「量子アニーリング型」は不可逆です)

 

そして今回の 「一方向量子計算方式」ですが、原理的に「一方向」であることはもちろん、ネーミングとしては、アーキテクチャの特徴である「2次元クラスター」には触れず、あえて双方向である「量子ゲート型」のアンチテーゼ的である点が興味深いです。 (「2次元クラスター」の特徴の一つは一方向なのですが)

 

 何がどう「一方向」なのかと言うと、まずは「2次元クラスター」のイメージ図を見て下さい。

  

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一方向量子計算のイメージ図
 
グレーの◯が量子ビットで、それを縦横の2次元に並べています。量子ビットの間の実線はその二つの量子ビットに「量子もつれ」があることを示しています。えーと、「量子もつれ」とは何ぞや、という真面目な説明は割愛します。量子物理学の専門家以外はWikipediaを見てもわからんとは思いますが(私もよくわからんです)、一応リンクしておきます。

 

ja.wikipedia.org

 

ここでは(あくまでも「ここでは」)、「量子もつれ」あるいは「量子エンタングルメント」とは、二つの量子ビットが特殊な関係にあり、片方の量子ビットの「測定」が他方の量子ビットに影響を与える、そういう関係であると理解しておいて下さい。

 

例えば、量子もつれ状態にある量子ビットXとYがあって、XもYも0と1の重ね合わせ状態だとします。そうすると、仮にXを観測して0という結果が得られたらYの重ね合わせ状態が壊れて1に確定する、というようなことです。この性質を上手く使うと、ビットの演算っぽいことが出来そうな気がしませんか?

 

何だかよくわからん話ですが、アインシュタインも「わからん」と言っていたので、安心して下さい。

 

で、上図に戻りますが、「量子もつれ」状態にある量子ビットが2次元に並んでいて、それぞれの量子ビットの右下に黄色いカマボコ形の測定器があります。「測定器」と言ってもマクロな機器ではなく、「光量子と相互作用するちょっとしたミクロな仕組み」程度に考えて下さい。

 

これらの測定器のうち特定の測定器を動かして測定してやると、その部分の「量子もつれ」状態が壊れていきますが、それを上手く使って演算してやろう、というのが「2次元クラスター」のアイディアです。

 

その演算の様子は下図になります。

 

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クラスター状態の構造のイメージ図

 

2次元の意味は、入力データを表現するのに1次元、計算を行うのに1次元(最も基本的な演算に1列使い、それを複数組み合わせると、どんな計算でも行えます)、合計2次元です。そして、 黒丸は量子ビットで重ね合わせ状態にありますから、この2次元クラスターは、入力から計算経過および出力までの全ての状態を表していることになります。

 

この図からは入力のビット数や演算のステップ数をを増やしても、回路の複雑さに大きな影響がないことが分かります。単に、縦のサイズと横のサイズが増えるだけなので、それぞれが1次関数的な増え方をするだけです。

 

そして、量子ビットの実態としては、光を用いて(つまり光量子を用いて)「時間領域多重」という方法で量子ビットを実現するため(これも画期的な技術)、2次元クラスターを縦横に拡大して行くことに大きな困難はありません(下図)。

 

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時間領域多重のイメージ図

 

さて、十分に大きな「2次元クラスター」が得られ、それで解くべき問題の入力データとその計算が表現出来たとして、そこから特定の測定器を動作させることで出力データを確定することが出来ます。つまり、解が得られるということです。

 

ただし、どの測定器をどういう順番で動作させるかは、自明なことではありません。解くべき問題と個々の測定機の動作を繋げるロジックが必要になります。一般的には量子アルゴリズムと呼べると思いますが、この「2次元クラスター」に対して最適化された量子アルゴリズムについては、私は寡聞にして知りません。おそらく、実用性の高い量子アルゴリズムの開発は今後の課題の一つではないかと思います。

 

 今回の発表は「『2次元クラスター』状態を生成できたこと」であって、 「一方向量子計算方式」の量子コンピューターの実用化にはまだまだ先が長いのですが、アーキテクチャの新規性やIBMGoogleとは別のアプローチであること、日本発の技術であることなど、その将来を大いに期待したいと思います。

 

 

 

IBMの53-Qubit量子コンピューター

先日、IBMが53-Qubit(53量子ビット)の量子コンピューターを発表しました。

japan.cnet.com

記事を読んでもわかりにくいかもしれませんが、翻訳のせいではなく、元の英語の記事も似たようなものでした。

IBMのプレスリリースも貼っておきましょう。

newsroom.ibm.com


ともあれ、IBMは53-Qubitの量子コンピューターを実験室レベルでの実用化までこぎつけたと言ってよさそうです。先代は20-Qubitでしたから、倍以上の進化です。

現在、多くの古典コンピューター(=普通のコンピューター、スーパーコンピューターも含む)で使われているCPUは64bitですし、20年位前は32bit CPUだって数多くありましたし、53-Qubitの量子コンピューターというのは、もう相当に普通のコンピューターに近づいたと思われるかもしれません。

でも、現在のアーキテクチャ量子コンピューターにおける53-Qubitというのは、古典コンピューターで言うなら8bitコンピューターにも及ばない程度の狭い応用範囲しかないものです。

古典コンピューターの32bitを超えるビット数を持つのに、どうしてまだまだなのかというと、古典コンピューターと「量子ゲート型」の量子コンピューター(IBM量子コンピューターは量子ゲート型です)のアーキテクチャの違いによるものです。

古典コンピューターはソフトウェアやデータをメモリに書いておいて、メモリからソフトウェアとデータを読み出して、レジスター(データの一時的な置き場所、ソロバンの珠みたいなもの)と演算ユニットを使って計算を行います。

現在の量子ゲート型量子コンピューターには、メモリ(「量子メモリ」と読んだ方がよさそうですが)がありません。レジスターと演算ユニットだけで出来ている古典コンピューターを連想して頂くと、それが量子ゲート型量子コンピューターです。

モリーがありませんから、53-Qubitの量子コンピューターは計算対象のデータや計算の途中経過などの全てを53-Qubitに格納しなければなりません。メモリからデータをレジスターに読み込むこと(Load)も、レジスターの内容をメモリに退避すること(Store)も出来ないのです。

53-Qubitを使えば、「256 + 256 = 512」位の計算は出来そうですが、ちょっと複雑な計算をしようとすると、53-Qubitなどあっという間に使い果たしてしまいます。53-Qubitというのは如何に小さなサイズか想像出来ると思います。

Qubit(量子ビット)の数がキロとかメガとかの単位にならないと実用的なレベルでの量子計算は出来ないと言われています。そして、Qubitの数を増やすことは古典コンピューターのメモリやハードディスクの容量を増やすように簡単なことではありません(理由は省略します)。

53-Qubitはまだまだ実用化には遠い数字ですが、それでも、実用化に向けての確かな一歩であることは間違いありません。

今後もIBMGoogleの開発状況には注目したいと思っています。

「ムーアの法則」の量子コンピューター版は「ネーヴンの法則」?

コンピューターの性能向上に関する指標として有名なムーアの法則という、経験則というか予測というか、そういうモノがあります。

 

ja.wikipedia.org

 

ムーアの法則はもう限界だ」的な事が言われ始めてから、多分10年以上経っていると思いますが、8コアだ28コアだの、あるいは15nmプロセスだの10nmプロセスだの(7nmなんてのもありますが)、なんやかんやでCPUのトランジスタ数は向上を続けて来ました。

 

とはいえ、7nmといえばそろそろ量子力学的効果が無視できなくなるスケールですので、これ以上に微細化が格段に進むとも思えません。すなわち、半導体をベースにした現在の回路技術では、いずれCPUの集積度は限界に達することは避けられません。

 

というわけで、ムーアの法則の次、というわけでもないでしょうが、「ネーヴンの法則」というのがあるらしいです。

 

gigazine.net

 

この「ネーヴンの法則」ですが、普通のアーキテクチャのコンピューター(古典コンピューター)の法則ではなく量子コンピューターの性能向上を予測したものです。

 

実はこの記事を読むまで、私は「ネーヴンの法則」を知りませんでした。非常に興味深い説ですが、上記記事では「ネーヴンの法則」の根拠についてはほとんど説明されてないので、リンクされている他の記事も読んでみました。

 

www.quantamagazine.org

 

Googleのハルトマット・ネーヴンさんは社内の量子コンピューター開発プロジェクトの進展経緯から、二重指数関数的な成長曲線を想定していて、その二重指数関数的な成長の理由としては、以下の2つがあるとしています。

  1. 量子コンピューターが元々持つ指数関数的な性能向上
  2. 量子回路のエラー率減少により、指数的に大きな量子プロセッサーが作れるようになった

この2つの指数的向上を合わせて、二重指数関数的な成長曲線を予想しているというわけです。

 

1番目の理由は、量子コンピューターの性質上、例えば量子コンピューターの量子ビット数が1次関数的に成長するとしたら、その性能は指数関数的に成長することになる、という意味です。

 

2番目の理由ですが、おそらく「大きな量子プロセッサー」とは「量子ビット数の多い量子プロセッサー」でしょう。量子コンピューターと量子プロセッサーというふたつの単語が出てきましたが、ここでは同じ意味だと思って頂いてかまいません。

<余談> 量子コンピューターといっても、古典コンピューターのようにプロセッサーがあってメモリがあって、ストレージがあって、というコンピューターではなく、量子プロセッサー(量子演算回路と複数の量子ビットの集合体であるレジスター)だけがある状況をイメージして下さい。もちろん、量子ビットの状態を記憶しておける「量子メモリ」の研究も進んでいますが、現在開発中のゲート型量子コンピューターは「演算回路とレジスターだけ」みたいな姿です。</余談>

で、量子回路のエラー率減少により、より多くの量子ビットを持つ量子プロセッサーが作れるようになっていて、量子ビット数の増え方が指数関数的とのこと。エラー率減少の割合と量子ビットの増え方との因果関係は不明なのですが、実績としては指数関数的なのだそうです。

 

従って、1と2の2つの指数関数的向上を合わせるので、二重指数関数的な成長曲線が現れる、ということになります。

 

もちろん、この「ネーヴンの法則」が今後も継続するかどうかはわかりませんが、こういう夢のある話は嫌いじゃありません。ただし、量子コンピューターは現在の古典コンピューターが行っている仕事の全てを高速に行えるわけではありませんので、巨大なデータセンターがラックひとつの大きさに、なんていう事は起こりません。

 

ところで、Googleのハルトマット・ネーヴンさんのコメントを読むと、Google量子コンピューター開発はIBMよりもだいぶ先を進んでいるような印象です。実際のところがどうなのかはわかりませんが。