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サイレントギターの1弦問題(後編)【ギタリストのための音の科学 22】

前回の「サイレントギターの1弦問題(前編)【ギタリストのための音の科学 21】」の続きです。

nose-akira.hatenablog.com

 

サイレントギターの1弦の音量が極端に小さいという問題。どうしてそうなるのか、全然わからなかったのですが、サイレントギターのピックアップがピエゾ素子(圧電素子)で、圧電効果を利用したものであるということがわかり、それが手がかりになりました。

 

参考までに、圧電効果圧電素子についてのWikipediaのリンクを貼っておきます。

 

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

 

圧電効果というのは、特定の物質に圧力をかけると電圧が発生する現象で、この現象を利用してピックアップはもちろん、ライターやガスコンロの点火用部品なども作られています。

 

サイレントギターのピックアップによる圧電効果の利用ですが、圧電素子は弦の振動をサドルを通じて圧力として受け取り、その圧力および圧力変化の周波数に応じて電圧が発生して変化しますので、その電圧変化を増幅して音にすることが可能になっています。

 

そして、1弦の音が小さいということは、1弦の振動による圧力が小さいということになるでしょう。サイレントギターは1つの圧電素子で6弦全ての振動を拾っているのですが、弦によって(=周波数によって)増幅の割合を変えているか否かによらず、サイレントギター開発陣が想定していたよりも、1弦の振動による圧力が小さいから、1弦の音が小さくなったのでしょう。

 

1弦は一番細く一番軽い(線密度の低い)弦ですから、そもそも、振動エネルギーも小さく、圧電効果を生みにくい(従って、出る音も小さい)と思いますが、サイレントギターを開発したエンジニア達はそんな事情は当然知っていて、1弦だけが極端に小さな音になるようには作らないと思います。

 

では、何が悪くて私のサイレントギターは1弦だけ音が極端に小さいのでしょうか?

 

色々と考えて、ある日思い至ったのは、私のサイレントギターに張られている弦は、特に1弦の張力が大きいことです。張力が大きいと、いわゆるピンと張った状態ですから、同じように弾いた時の弦の揺れ幅は小さくなるでしょう。従って、圧電素子にかかる圧力も減って、音が小さくなってしまうのではないでしょうか?

 

私がサイレントギターに張っている高音弦は、SAVAREZのALLIANCE HIGH TENSIONという弦で、フロロカーボン素材で出来ていて線密度が大きく、従って、張力が大きくなるタイプの弦です(「ギタリストのための音の科学」の最初の方でやった、振動数と線密度と張力の関係式を思い出して下さい)。

 

実際、ALLIANCE HIGH TENSIONを弾いた実感としては、特に1弦の張力が他の弦に比べて大きいと感じていました。

 

というわけで、私が張っている1弦の張力の大きさが圧電効果を起こりにくくして、その結果として音が小さいということになったのではないか、という仮説にたどり着きました。

 

もう一度整理すると、

  1. 1弦の張力が大きい →
  2. 弾いたときの弦の振動の振れ幅が小さくなる →
  3. ピックアップの圧電素子にかかる圧力が小さくなる →
  4. 圧電素子で発生する電圧が低くなる →
  5. 音が小さくなる

というわけです。

 

上記のような仮説を見出したのですから、やることはひとつです。張力の弱い弦に張り替えてみました。

 

結果は……、大成功でした。やはり張力の小さい弦にすると、明らかに音が大きくなりました。理想を言えばもう少し大きくなって欲しい気もしますが、上記仮説の検証という意味では、自分の感覚としては間違いないと思います。きちんと測定したわけじゃないので、科学的な検証とは言えないのですが、そこはご容赦を。

 

 どういう弦に張り替えたのかと、張力はどの程度違うのかという話を最後にまとめます。弦の張力について、ちょっと前の現代ギター誌で測定していたことを思い出しまして、検索してみたら、現代ギター誌の記事を引用しているブログを見つけましたので、そのブログの数字を引用します。

 

まず、最初に張ってあった、1弦の音が極端に小さくなる弦ですが、先程出てきたSAVAREZのALLIANCE CORUM HIGH TENSIONです。この弦の1弦の張力は9.1と測定されています。以下のブログ記事からの引用です。単位はkgと書いてありますが、力の単位なのでkgではなく「kg重」でしょう。また、「アリアンスH」と書かれているのが私の弦です。

arata-hibiki.com

 

次に張り替えた弦は、AUGUSTINEのREGALです。この弦を選んだ理由は、通常のナイロン弦で比較的お安い、というだけです。REGALの1弦の張力は7.7kg重です。この弦にして、明らかに1弦の音が大きくなりました。下記のページで「リーガル青」と書かれているのが、この弦です。

arata-hibiki.com

 

これで張力を小さくすることが有効だと分かりましたので、さらに張力が低そうな弦を張ってみました。HANNABACHのSuper Low Tensionです。名前からして張力が低そうですが、ちょっとうっかりしていて、実際は「Super Low Tension」なのは低音弦の方で、1弦はさほど「Super Low Tension」ではありませんでした。でも、AUGUSTINEのREGALに比べてやや小さく、1弦の張力は7.5kg重です。音の大きさは「やや大きくなったかな?」程度です。張力が大きく変わらないので、そんなものでしょう。

arata-hibiki.com

 

最初に張っていて「音が極端に小さい」と感じていたSAVAREZのALLIANCE HIGH TENSIONは数あるクラシックギター用高音弦の中でも、おそらくトップクラスに1弦の張力の大きな弦で、それがサイレントギター用ピックアップの特性に合わず、「1弦の音が極端に小さい」の原因になっていたと見做して良いと思います。

 

現在張っている、HANNABACHのSuper Low TensionはSAVAREZのALLIANCE HIGH TENSIONに比べて17%以上も1弦の張力が小さい弦で、サイレントギターの「1弦の音が極端に小さい」という問題を大幅に改善することが出来ました。次は何を張るかはまだ決めていませんが、もちろん、張力が低いことを基準に選びます。

 

この問題を最初に自覚してから一応の解決を見るまで、1年半近くの年月がかかってしまいましたが、今にして思えば「もっと早く気付けよ!」という他はないですね。