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3弦の話【ギタリストのための音の科学 03】

クラシックギターを弾く人の多くが気にしている(悩んでいる?)、3弦に関する話をしましょう。

と書き始めましたが、3弦の話の前に、弦の一般的な話から入ります。もう一度、弦の振動数の式を挙げます。

f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}

ギターは固定された弦長を持ちますので(ネックが伸び縮みして弦長が変わる、なんてことはない、という意味です)、開放での音だけを考えると、上式においてlは固定で変化しません。そのギターにおける開放弦の振動数はT\rhoで決まります。張力Tはペグを巻いて調整可能ですが、\rhoは弦メーカーが作る弦によって決まっていて、ギタリストはどうすることも出来ません。もちろん、ギタリストは様々な\rhoを持つ弦の中から、好みの弦を選んで使うことは出来ますが、\rho自体をギタリストが変えることは出来ません。

前節の最後に述べたハイテンションの弦の話を思い出しながら、弦メーカーになったつもりで、どういう弦を作るか考えてみましょう。振動数の式の中に出てくる変数で弦メーカーがコントロール出来るのは線密度\rhoだけです。従って、音の高低(=振動数の大小)に対して弦メーカーが出来る事は、線密度を変える事だけです。

例えば1弦を作ろうとした場合、その弦を張って(=張力Tを与えて)開放で弾いたらEの音が出なければならないのですが、ある決まったl(=弦長)のギターで、Eの音を出すT\rhoの組み合わせはひとつではなく、無数の組み合わせが考えられます。ただし、T\rhoをどう取っても良いわけではなく、T\rhoの比(振動数の式で分数になってる部分)はfがEの音の振動数となるような特定の値でなければなりません。

そして、T\rhoの関係は下表のようになります。

ある特定の音を作るには(例えば各弦の開放での音)
線密度\rhoの大きな弦にするのなら 張力Tは大きくなる
線密度\rhoの小さな弦にするのなら 張力Tは小さくなる

さらに、張力Tがあまり大きいと弦が押さえにくかったり、さらに強いと弦が切れたりします。逆にTが小さいとナットとサドルにきちんと固定されないとか、ゆるゆるで弾きにくかったりします。つまり、Tには音程を決める以外の意味でも適切な範囲がある、ということです。

その適切な範囲のどこを狙うのかは、\rhoの大小でコントロール可能です。特定の開放音をターゲットにした弦(例えば、Eをターゲットにした1弦)を作る場合、線密度\rhoの大きな弦を作ることは、ハイテンションの弦を作る事と同義です。

そのような事情で、線密度を選ぶことで特定の音を出す時の張力Tが決まり、弦メーカーは弦の性質付け(張力=テンションの強さ)が出来るのです。もちろん、張力の強さだけが弦の性質ではありませんし、\rhoは弦メーカーが自由に決められるものではなく、実際には素材メーカー(「◯◯化学」のような企業ですね)が提供する素材によって制限を受けてしまう、という側面もあります。

弦メーカーが販売しているクラシックギター用の弦のセットでは、ほとんどの場合、高音弦(1弦、2弦、3弦)は同じ素材を使っていると思われます。同じ素材ならば、その素材の体積密度は同じはずです。

これまで出てきた線密度と体積密度は別の概念です。線密度は弦のような紐状の物体の単位長さ(例えば1m)当たりの重量を意味します。体積密度(通常、単に密度と言うと体積密度を指します)はより一般的に用いられ、物質の単位体積当たりの重量を指します。例えば、水の体積密度は1,000kg/m^3あるいは1g/cm^3ですが、水の線密度というのは、水を何らかの形で線状・紐状にしないと定められません。

1弦、2弦、3弦で同じ素材を使うということは、体積密度が同じ素材で1弦、2弦、3弦を作り分ける、ということです。

全く同じ弦を「1弦用」兼「2弦用」兼「3弦用」とすることは、振動数の式の上では可能です。3弦に使う時よりも2弦に使う時には張力Tを上げて(=ペグを締める)やれば良いですし、1弦に使う時には更に張力Tを上げてやれば良いわけです。

でも、そのようにして作った弦がギター用の弦として優れているか、実用に耐えうるかというと、それはNoでしょう。仮に高い張力のため1弦が切れるということがなかったとしても、1弦と3弦で張力が違い過ぎて非常に弾きにくいものになるでしょう。

というわけで、みなさんすでにご存知のように、同じ素材で作るとしても、1弦より2弦を太く、2弦より3弦を太く作っているわけです。体積密度が同じ素材で作るのならば、太い弦は線密度(弦の長さ当たりの重量)が大きくなり(他の条件が同じなら)低音が出ることになります。同様に、細い弦は線密度が小さくなり高音が出ることになります。

といった事情で、通常のクラシックギター弦は1弦より2弦が太く、2弦より3弦が太くなっています。低音弦(4弦、5弦、6弦)の場合、素材は高音弦とは異なりますが(金属の糸が巻かれています)、考え方は同じで、4弦より5弦が太く、5弦より6弦が太くなっています。ただし、3弦より4弦が太いとは限りません。むしろ、普通のクラシックギター弦では、4弦は3弦よりも細いのが一般的です。高音弦と低音弦では、素材の違いにより線密度が異なっているため、同じ条件で太さを比べられないからです。

以上をまとめると、下表のようになります。ギタリストならば経験的に知っている弦の太さに関する事実が振動数の式と結びつきました。

同じ素材の弦で複数のターゲット音に対応するには
低音用の弦は線密度を大きくする = 弦を太くする
高音用の弦は線密度を小さくする = 弦を細くする

さて、以上が長い前置きで、ここからが3弦の話です。

クラシックギタリストの多くは3弦の音に満足していないようです。私もその一人です。ギター選び、弦選びにおける重要な要素は「3弦の音が出ること」でした。最初にクラシックギターを買ってしばらくして、3弦の音が響かずにボソボソした感じになることに気付いた時には、不良ギターを買ってしまったのかと疑ったものです。

その後、そのボソボソ音の原因がギターよりは弦に起因していることがわかりましたが、そうすると今度は、3弦の音が綺麗に出る弦選びが始まりました。もちろん、3弦だけが弦選びの基準だった訳ではありませんが、常に重要な要素であり続けました。

それはさておき、何故、クラシックギターの3弦は響かないのでしょう? アコースティックギターエレキギターでは、そういう現象はないように思えます。

他のギターの弦や、クラシックギターの他の弦と比べた3弦の特徴を考えてみると、まずは「太い」が挙げられます。前置きで見たように、1弦、2弦、3弦を同じ素材で作ると3弦が最も太くなります。また、アコースティックギターエレキギターの3弦は体積密度の大きな金属を使っているので、クラシックギターの3弦と比べるとかなり細いです。

太さを言うなら、クラシックギターの6弦もかなり太いですが、6弦と3弦の違いは線密度です。6弦の方が低音に対応していて、張力が極端に低いわけでもないので、線密度が大きくなっています。実際、6弦は金属素材が使われていますから、線密度が大きいことは納得できます。

つまり、3弦の特徴は「太い」と「軽い」を兼ね備えていることでしょう。そして、太くて軽い3弦が何故ボソボソした音になるのか、正確な事は然るべき実験・測定を行わなければわからないと思いますが、個人的な推測としては、およそ次のようなことではないかと思っています。個人的推測なので、正確性に欠ける部分があるかもしれませんが、「こんな考え方もある」程度に認識して頂ければ、と思います。

下図は弦とサドルが接する部分を模式的に書いたものです。黒い紐状のものが弦で、グレーがサドルです。

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サドルの上部と弦の間にわずかに隙間があるのは、あえてそのように書いています。太くて軽い(そして柔らかい)弦の場合、弦をはじいた時にほんの少しの隙間が出来て、その隙間部分で弦の振動がサドルに触れて、軽くミュートされてしまうのではないでしょうか。図のように大きな隙間ではないでしょうが、図の左側の方にわずかな隙間が出来ることはありそうに思えます。

細い弦ならサドルの角などで浮きやすくなることもなく、ぴったりとサドルに接していて、ミュートされることはなさそうですし、太くても重くて硬い6弦ならば、サドルに接している状態から浮きにくいでしょう。

いずれにしろ、太くて軽い3弦はサドル付近での微妙な隙間による軽いミュートが起こり、それがボソボソした音、音が伸びない、響かない原因ではないかと推測しています。繰り返しますが、あくまでも個人的推測(仮説)であって、データなどの裏付けはありませんので、その点はご了承下さい。

この仮説が正しいかどうかは置いといて、3弦ボソボソ音の原因が「太くて軽い」ならば、「細くて重い」になるようにしてやれば解決しそうに思います。

いわゆる「カーボン弦」と言われる弦があります。カーボンは炭素ですが、いわゆる「カーボン弦」も普通のナイロン弦も、炭素を含む化合物が素材なので、「カーボン弦」という呼び方には居心地の悪さがありますが、まあその「カーボン弦」は3弦のボソボソ音に一定の効果があるようです。

「カーボン弦」はポリフッ化ビニリデン(PVDF)という素材で出来ているとのこと。釣り糸に使われた際に「フロロカーボン」という呼称が用いられたらしく、おそらく「フロロカーボン」→「カーボン弦」となったのでしょう。

そのポリフッ化ビニリデンですが、調べてみると密度が1.78g/cm^3だそうです。一般的なナイロン(いくつかの種類があります)の密度が1.1 - 1.3g/cm^3程度なので、ポリフッ化ビニリデンはナイロンよりは重い素材です。そして、クラシックギターの高音弦として使用するのに適した加工性、耐久性、安全性、弾性、触感などがあったのでしょう。

体積密度の大きな素材を使う事で、同じ線密度の弦を作るのに細く作ることが可能になります。実際、私が使っている高音弦(サバレスのアリアンス)は1弦、2弦、3弦とも、通常のナイロン弦よりかなり細くなっています。

そして、肝心の3弦の音ですが、全く問題ないとまでは言いませんが、通常のナイロン弦に比べると、かなり改善されていると思います。

ただ、良いことばかりではなく、弦が細くて硬いため左手で押弦した感触は、アコースティックギターの金属弦ほどではありませんが、やや鋭く感じます。そして、その点を嫌う人もいます。

各メーカーのいわゆる「カーボン弦」の全てを把握している訳ではありませんが、製品の特徴としては「細くて重い」であることは間違いなさそうに思います。通常のナイロン弦で3弦の音に不満足な場合には、ポリフッ化ビニリデンを試してみる価値はあるのではないかと思います。