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ギターの弦の振動(基本原理)【ギタリストのための音の科学 02】

前節の後半でギターが出す音の振動数について述べましたが、実は話をかなり単純化しています。例えば、5弦の開放の音を110Hzとしましたが、実際には110Hzの音だけが出ているわけではなく、色々な成分の音が混じり合っていて、その中の「主成分」とでも言うべき音が110Hz、ということなのです。

音の主成分に限って単純化した話を続けます。ギターの弦を弾いた時、弦は両端(開放弦の場合はナットに触れている部分とサドルに触れている部分)を節に、真ん中(開放弦の場合は12フレットの真上)を腹にした振動を行う、とします。実際には、もっと色々な振動が混じり合っているのですが、単純化して最もシンプルな振動だけをする、と考えます。

その場合、その弦の振動数は次の式で表されます。

f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}

この式において、fは振動数(1秒で何回振動するか)、lは弦の長さ(押さえているフレットからサドルまでの長さ、メートルで表します)、Tは弦の張力(弦を引っ張る力、N:ニュートンという単位を使います)、\rhoは弦の線密度(1メートルの弦で何Kgか)を表しています。

何でこの式になるのか、解説は省略します。ここでは「そういうものだ」と思って下さい。ギタリストにとって大切なことは、この式の導き方でもなく、この式を使って計算することでもなく、この式からわかる、ギターの弦と音の高低との関係を知ることです。

なお、この式はギターに限らず、ヴァイオリンでもチェロでもコントラバスでもハープでもピアノでもチェンバロでも、弦で音を出している楽器全てに当てはまります。

ただし、上で述べた単純化を行い、最も主要な音だけについて述べている点にはご注意下さい。弦と音の高低との関係を見るには、単純化された状況の方が分かりやすいのです。

さて、振動数を表わす式をもう一度書くと、

f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}

です。そして、振動数が大きい→音が高い、振動数が小さい→音が低い、でした。

すると、難しい計算をするまでもなく、以下のことがわかります。

  1. 弦の長さ(l)が大きくなると(ローポジションを押えると)音が低くなる
  2. 弦の張力(T)が大きくなると(ペグを締めると)音が高くなる
  3. 弦の線密度(\rho)が大きくなると(重い弦だと)音が低くなる

ギタリストならば、1と2は誰もが知っていることでしょう。また、高音弦よりも低音弦の方が重く線密度が大きい傾向があるのもご存知の通りです。ギタリストが音の高低と弦の関係について経験的に知っている事と、上の式は一致しています。

というよりも、弦に関係したアレコレと振動数が上式のような関係になるからこそ、ギターで音を出した時に、押える位置や、締め方や、弦の材質で、我々が経験しているような音の高低が生まれているのです。

この式を眺めていると、他のこともわかります。

例えば、ビブラート。ビブラートは弦を押さえた指を弦に平行な方向に揺らして音の高低を付けるテクニックですが、ビブラートを行うと何が変化して音の高低に繋がっているのでしょうか?

ビブラートで弦の長さは変わってません。もちろん、弦の線密度もビブラートで変わるものではありません。残るは張力です。ビブラートによって、弦を引っ張ったり緩めたりしているので、張力Tが変化し、それが音の高低につながっている、というわけです。

クラシックギターではあまり使いませんが、エレキギターでは多用されるチョーキング。これは指で弦をフレットに平行な方向に押し上げることで本来の音よりも高い音を出すテクニックです。

チョーキングで弦を押し上げることで、弦の長さはわずかに長くなります。下図でaよりもb(チョーキングした状態)がわずかに長いということです。

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つまり、チョーキングによって弦は長くなりますので、その分だけ音が下がります……。だとするとチョーキングの音とは違いますね。チョーキングは音が上がって聞こえます。でも、間違いなく弦が振動している部分の長さは長くなってます。矛盾しているように見えます。

実際には矛盾しているわけでも、振動数の式が間違っているわけでもありません。チョーキングによって弦はわずかに長くなりますが、それだけ引っ張ることになりますから張力も大きくなっています。また、弦が長くなる(=伸びる)ことにより、線密度が小さくなります。

そして、弦がわずかに長くなる影響(音を低くする)よりも、張力(の平方根)が大きくなる影響(音を高くする)と線密度(の平方根)が小さくなる影響(音を高くする)を足したものの方が勝り、結果、チョーキングで音が高くなって聞こえる、というわけです。

クラシックギターの標準的な弦長は650mmです(もし振動数の式に入れて計算するなら単位をメートルに取って0.65にしましょう)が、手の小さなギタリスト向けに640mmとか630mmとかのギターもあります。このような弦の短いギターの事情も、振動数の式で見えてきます。

短い弦長のギターと標準弦長のギターとで同じ弦を使うとすると、線密度が共通になりますので、短い弦で同じ高さの音を出すためには、分母にある弦長lが小さくなっていますので、分子にある張力T平方根もまた同じ割合で小さくなる必要があります。

つまり、同じ弦を使うなら、弦長650mmのギターよりも弦長630mmのギターの方が、弦の張力が弱めになる、ということがわかります。弦長の短いギターはフレットの間隔が小さくなって指が届きやすいだけではなく、弦の張力も小さくなっているため、総合的に考えて「押さえやすいギター」と言えるでしょう。

ギターの弦には「ハイテンション」と呼ばれるものがあります。ハイテンションは直訳すると「高い張力」です。振動数の式の張力TはTensionのTのつもりで書きました。張力(テンション)とは何か、なんていう話をすると難しくなりますので、それは省略。

ここでの疑問は、ハイテンションの弦はノーマルテンションの弦に比べて何が違うのか、という点です。

ハイテンションの弦はノーマルテンションの弦に比べて、同じ音の高さに調弦した時に弦の張力が大きいとしましょう。おそらく、弦メーカーさんもハイテンションの弦はそのように作っていると思います。振動数の式をもう一度見ると、弦の長さlは変わらず、張力Tが大きくなっていても、同じ振動数であるためには、線密度(\rho)もTと同じ割合で大きくなっている必要があります。

従って、次のようなことがわかります。

  • ハイテンションの弦をノーマルテンションの弦と同じ材質で作るとしたら、弦を太くして線密度を大きくしなければならない
  • ハイテンションの弦をノーマルテンションの弦と同じ太さで作るとしたら、より重い(密度の高い)材質を使用して線密度を大きくしなければならない

以上見てきたように、弦の振動を表わす数式を見るだけで、弦のアレコレと音の高低の関係が分かるのはもちろん、ビブラートやチョーキング、弦長の短いギターやハイテンション弦についても、それなりに興味深いであろう事実が判明するわけです。

物事(物理現象と言ってもいいです)を数式で表わすことは一般的に「難しい」と思われがちですし、それはそれで間違ってはいないと思いますが、正しく数式で表わすと、数式自体の解釈とか変形とかから、逆に新しい物事が見えてくる、という素晴らしい効果もあります。振動数の式は単純ですが、ギターに関する色々な事を語ってくれます。