科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

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雑誌「現代ギター」の「ギターの音の遠達性」記事について(下)【ギタリストのための音の科学 20】

前回は、雑誌「現代ギター 2018年10月号」の「ギターの音の遠達性」記事の前半パートについて所感を述べました。

 

 

今回はその続きで、記事の後半パートについて。

 

 後半パートは日本を代表するクラシックギタリストの福田進一さんへのインタビューで、ギタリストの感性から「遠達性」について語られています。

 

そのインタビューでナクソス(世界最大のクラシック音楽レーベル)のエンジニア氏(おそらく、録音エンジニアではないかと思います)の話が紹介されています。

 

そのエンジニア氏はノバート・クラフトというカナダの方だそうですが、私は実はノバート・クラフトさんをエンジニアとしてではなく、ギタリストとして知ってました。私が持っているギターの曲集(CD付き楽譜)がナクソスの膨大なギターCDから練習用の曲を集めて作られていて、そのうちの何曲かが Norbert Kraft の演奏でした。

 

Norbert Kraftさん、演奏者として何故か印象に残っていたんですよね。しっかりかっちり隙なく弾くタイプのギタリストで、そういう意味ではアマチュアギタリストがお手本にするには良い演奏者ではないかと思います。

 

その Norbert Kraft さんがナクソスのエンジニアだったことはこの記事で初めて知りましたが、遠達性について興味深いコメントが福田進一さんの口から紹介されています。引用します。

 

彼は「ニードル」、つまり針のような、という言い方をしますけど、「澄んでいて端までツーンと行くような、コアがあって、周りに雑音が付いていない音は遠くへ飛ぶ」……そういう説明をよくすると言ってますね。

 

 これは福田進一さんの発言で、「彼」とは Norbert Kraft さんのことです。Norbert Kraft さんは「澄んでいて端までツーンと行くような、コアがあって、周りに雑音が付いていない音は遠くへ飛ぶ」というように遠達性を捉えているわけです。

 

この「コアがあって、周りに雑音が付いていない音」って、私が遠達性の仮説として提示し「倍音成分が小さい音は遠達性が高い」と同じことを言っている気がしませんか?

 

コアは基音、倍音(の少なくとも高次成分)は雑音と読み替えると、同じ主張になります。私はそう解釈して、勝手に「おお、Norbert Kraft さんと同じ結論だ!」と喜んでます。

 

実はこの記事、上記の引用部の直後に、私の仮説である「倍音成分が小さい音は遠達性が高い」方面とは逆に、前半パートの岡村宏氏の仮説の方に行ってしまいます。

 

――別の記事を書かれた岡村宏先生も、弾いた瞬間の倍音構成のまま、減衰していく形が、遠くでもはっきりと聴こえる、よく鳴るギターだと。

 

これは福田さんではなく、インタビュアーさんの科白です。

 

Norbert Kraft さんの見解と岡村宏氏の仮説を同等に捉えるのは、なんぼなんでも無理があると思います。どちらが正しいかは別としても、あるいは両方とも正しいとしても、少なくとも全然別の事を言ってます。

 

岡村さんは、高次の倍音の(経時の)減衰が基音の減衰よりも大きくない(つまり減衰しにくい)パターンを遠達性に繋げていますが、Norbert Kraft さんは「コアがあって、周りに雑音が付いていない音」ですから、全然違います。

 

ともあれ、私個人としてはNorbert Kraft さんの「コアがあって、周りに雑音が付いていない音は遠くへ飛ぶ」説は支持したいと思いますし、私の仮説と同等ではないかと思う次第です。