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ギターの弾き方で倍音はこんなに変わる【ギタリストのための音の科学 08】

前回は実際にギターを弾いてみて、その音の波形を観測してみました。そして、下のようなグラフが得られました。

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そして、基音よりも2倍音の方がグラフのピークが高い(=より大きな音が出ている)事を確認しました。

何故、基音よりも2倍音の方が大きいという不思議なことが起こるかと言うと、ギターの特性でもあり、弾き方の問題でもあります。

実はこのグラフの音を出した時の弾弦位置はサウンドホールの真ん中付近です。つまり、ごく普通にギターを構えて弾く時と同じ弾き方です。

みなさんご存知の通り、ギターの場合(特にクラシックギターでは)弾弦位置によって音色が変りますが、一般的な奏法で多用されるであろう弾弦位置での音を測定したいため、サウンドホールの真ん中付近を弾きました。実はこの弾弦位置が問題なのです。サウンドホールの真ん中付近というのは、12フレットとサドルの中点付近でもあります。サドルからは弦の1/4の長さ、ナットからは3/4の長さです。

この弾弦位置を2倍音の定常波のグラフと比べてみましょう。

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グラフの左端がナット(ヘッド側で弦が固定されている場所)、右端がサドル(ボディ側に弦が固定されている場所)としましょう。グラフから明らかのように、サドル(右端)から1/4のところは定常波の腹になっています。そして、サウンドホールの真ん中はおよそこの位置ですから、この付近を弾く(=弦に変位を与える)ということは、2倍音が鳴りやすい弾き方をしていることになります。

つまり、クラシックギターを普通に構えて普通に弾くことは、楽器の構造上、2倍音が鳴りやすい弾き方になっている、ということです。それが最初のグラフで基音よりも2倍音の方が大きい理由です。(どの程度2倍音が鳴りやすいかは、様々な条件で異なります。ここでは、5弦開放を弾いた時の話です)

それでは、弾弦位置を変えて測定したらどうなるでしょうか? 12フレット付近を弾いて測定したのが下図です。12フレットのハーモニクスではなく、解放弦を指で弾く位置が12フレットの真上、という意味です。

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一見して明らかなように、この場合は基音が2倍音よりも鳴っています。12フレットの上を弾くことは、基音の定常波(弦の真ん中が腹になる)を生じさせやすく、2倍音を生じさせにくい(2倍音は12フレットが節になって変位しませんが、そこを指で変位させているため)弾き方ということになります。

サウンドホールの真ん中付近を弾いた場合と12フレット付近を弾いた場合(これは演奏ではほとんど使いませんが)で音色が随分と異なることはギタリストであれば誰でも知っていますが、このようなグラフで音色の違いを評価してみると面白いものです。12フレット付近を弾いた時の音は、ポーンという感じで音叉っぽく聞こえます。それは基音成分が大きいことによるものだということが、グラフから推測可能です。

それでは、さらに弾弦位置を変えて、サドル付近を弾いてみましょう。

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基音、2倍音、3倍音あたりはサウンドホールの真ん中付近を弾いた時と大きくは違わない感じです。サドル付近を弾いても、2倍音、3倍音の発生は特に阻害されないということです。腹の発生位置を強制的に押さえこむような弾き方ではないためでしょう。また、弾弦位置としては、12フレット付近の弦の変位を大きく取れるわけではないので、基音よりも2倍音(19フレット付近の変位が大きい)に有利と思われます。

サドル付近を弾いた場合、音は固く金属的に聞こえますが、その原因がグラフから見て取れます。500Hz位から上の振動数領域では、サウンドホールの真ん中付近を弾いた場合に比べて、ピークひとつひとつが高くなっている傾向があるのがおわかりでしょう。

サドル付近を弾くと、サドルからの距離が小さい場所で弦に変位を与えるため、波長の短い(振動数が大きい)振動が発生しやすくなり、高倍音域において相対的に大きな音となり、その効果で音がシャリシャリと金属的に聞こえるのでしょう。

さて、最後に12フレットのハーモニクスのグラフも見てみましょう。

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基音の110Hzのピークが低いのが一目瞭然です。ハーモニクスは左手の指で12フレット付近の弦の変位を押さえこんでいますので、基音の振動(12フレットが腹で変位が最大になる)が生じにくいのも納得できます。また、同様の理由で3倍音、5倍音も生じにくいはずですが、実際、グラフでは330Hzや550Hzのピークは低くなっています。

12フレットのハーモニクスは、基音(1倍音)、3倍音、5倍音……(つまり奇数倍音)を押さえこんでいて、なおかつ2倍音のピークは非常に高く、その結果、あの独特の音色になっているのです。

ここまで見てきたように、「綺麗な110Hz、すなわち、110Hzだけに大きなピークがあり他の振動数の音圧レベルは極小」ではない、倍音成分が大きな音が鳴っているにも関わらず、我々はこの音を「A2の音程を持つギターの音」と認識できます。また、電子チューナーもこのパターンの音を110Hzと認識するような仕組みになっています。

また、基音と倍音の関係性が弾弦位置によって大きく変化するにも関わらず、我々はいずれも「ギターのAの音」と認識しますし、電子チューナーも倍音の大小に関係なく仕事をしてくれます。

人間の耳と脳による音の認識というのは、ある意味では純粋な基音以外の音に邪魔されずに音程を認識出来る程度に大雑把であり、ある意味では倍音成分による音色の違いを認識する精密さを持っていて、なかなか不可思議なものだと思います。