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実際のギターの音を測定してみる【ギタリストのための音の科学 07】

前回は音が複数の固有振動の重み付け重ね合せで出来ているという話をしましたが、実際にギターではどのような重ね合せになっているのかを、実際の測定データで示したいと思います。下図に示すデータは、私が実際にギターの音を鳴らして、それをAudacityというフリーの音声ファイルエディターで解析しました。

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これは私のギターでの5弦解放を弾いた時の音のスペクトルです。「スペクトル」というのは、音や電磁波(光や電波など)のように複数の振動数(周波数)成分を持つものの、振動数(周波数)毎の強さを表したもので、上図のようなグラフで表現することが多いです。図の中に「スペクトラム」という表記がありますが、「スペクトル」と「スペクトラム」は同義語です。

なお、5弦解放を弾く時には、他の弦も正しくチューニングして、全弦を解放の状態で、右手親指で爪を当てないように(爪と弦の摩擦音が出ないように)、アル・アイレで(消音する弦がないように)弾きました。5弦だけを張って弾くとか、何かしらのコードを押さえて弾くとかすると、多少なりとも上のグラフに影響があるものと思います。

このグラフの見方ですが、まずご注意願いたいのは、前回の固有振動を重ね合せたグラフとは全く別のグラフである、という点です。固有振動を重ね合せたら、上図のような波形になったわけではなく、実際に鳴っている音の振動数毎の強さを表してます。

前回のグラフ(固有振動のグラフも固有振動の重ね合せのグラフも)の意味を改めて説明します。このグラフは「弦の振動」そのものを表わすグラフです。横軸は振動が伝わる方向の長さで、基音の波長を1としましたのでグラフの横軸は0から1までになっています。縦軸は振動の振れる大きさ(振幅)で、各固有振動の振幅を1としましたので、重ね合せのグラフでは振幅が重み付けで足されるため、その結果が収まるように縦軸のスケールを設定しました。

一方、上のグラフは「弦の振動」ではなく実際に「ギターが出す音」のグラフで、横軸は振動数で縦軸が音圧レベルです。測定対象の音に対して、横軸の範囲での振動数それぞれでどれだけの音圧レベルかを測定してグラフ化したものです。音圧レベルやその単位として使われているdB(デシベル)について説明すると、話が長く難しくなってしまいますので、ここでは「音圧レベル≒音の大きさ」と(かなり乱暴なのですが)認識しておいて下さい。なお、縦軸には6dB単位で目盛が付いていますが、6dB上がると音の大きさは倍になり、6dB下がると音の大きさは半分になる、ということを覚えておいて下さい。

なお、軸目盛のdBがマイナスになっていますが、これは基準としている音の音圧レベルよりも小さい、という意味で、このグラフのように音圧レベルを振動数毎に分けた場合、その各々よりも基準音は大きい、ということを示しています。

さて、グラフの中身を見ていきましょう。これは5弦解放の音ですから、A = 110Hzの音が鳴るはずです。正確に言うと、110Hzを基音とした固有振動数の重ね合せになっているはずです。ひと目でわかることは、110Hzだけではなく広範囲の振動数で音が存在していることと、ところどころにピークがあること、ですね。

A = 110Hzに合わせた5弦解放の音でも、実際には、110Hz周辺の音、倍音倍音周辺の音など、実に様々な音が鳴っているという点は、みなさんの持っていたイメージと異なるかもしれません。110Hzの音がほとんどで、そこに倍音が少しずつ足されて、といったイメージで捉えていた方も多いかもしれませんが、このグラフが真実です。ただし、「6dB下がると音の大きさは半分になる」なので、グラフの高さによるイメージは修正が必要でしょう。ピーク部分以外の寄与はグラフの見た目のイメージよりは小さくなります。

何か所もあるピークを見ると、1000Hzを超えたあたりまでは110の倍数(110、220、330、440……)にピークがあるのがはっきりわかります。それより高音域では目盛が読み辛いですが、2000Hz位まではやはり110の倍数にピークがありそうに見えます。ただし、ピークの高さは、振動数が大きくなるにつれて、多少の上下はあるものの全体の傾向としては低くなっています。一方、110Hzの下、55Hzとか27.5Hzにはピークはありません。つまり、基音、2倍音、3倍音、4倍音……が鳴っていいて、基音よりも低い領域では1/2倍音、1/3倍音などは鳴っていない、ということです。

因みに、A=110Hzの三倍音330HzはEの音になります(平均律のEは330Hzから微妙にズレますが。平均律については後の回で説明します)。5弦解放を弾くとEの音も鳴っているように聞こえますが、実際に330Hzにピークがあるのがおわかりでしょう。

というわけで、このグラフによって、ギターの音が基音、2倍音、3倍音、4倍音……の重ね合せで出来ていることは納得出来るのではないでしょうか。

ただし、おそらく多くの方は、基音よりも2倍音の方がピークが高いという点を不思議に感じていることでしょう。グラフを見ると、基音が-24dB程度で2倍音は-18dB程度です。つまり、音圧レベルは2倍音が基音の約2倍、ということになります。2倍音が鳴ることは納得出来ても、一番シンプルな振動である基音よりも大きく鳴っていることに関しては、ちょっと納得しにくいのではないかと思います。

何故、このような不思議なことが起こるかについては、次回で説明したいと思います。