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純正律和音と平均律和音の違いを「公倍音」で見る【ギタリストのための音の科学 18】

「波形グラフで見る和音の響き」では、純正律平均律の和音の違いを音波の波形で比べてみました。

今回は別のアプローチで和音を可視化してみたいと思います。

既に何回もこのブログで取り上げたように、ギターやそのほかの楽器の音は、特定周波数の基音と各種の倍音(2倍音、3倍音、……)の重ね合わせで出来ています。例えば、5弦開放のA=110Hzの音は110Hzだけではなく、110Hz(基音)、220Hz(2倍音)、330Hz(3倍音)、……の音が合わさって鳴っています。

従って、3つの音から成る和音を考えると、3つの音の各倍音を含めた多くの周波数の音が同時に鳴り、数学で言う公倍数のように、「公倍音」が存在するかもしれません。

例えば、AメジャーのコードはA-C\#-Eの3音から成りますが、A=110Hzとすると、C#=137.5Hz、E=165Hzで(純正律的に考えた場合です)、それぞれの倍音の周波数は下表のようになります。

音名 基音 2倍音 3倍音 4倍音 5倍音 6倍音 7倍音 8倍音 9倍音
A 110 220 330 440 550 660 770 880 990
C# 137.5 275 412.5 550 687.5 825 962.5 1100 1237.5
E 165 330 495 660 825 990 1155 1320 1485

赤文字の周波数は「公倍音」とでも言うべきものです(この表の範囲内だけでの)。例えば「A=110Hzの3倍音」と「E=165Hzの2倍音」は両方とも330Hzで「公倍音」です。

この表はAメジャーの和音を純正律的に作りました。すなわち、周波数の比がA : C\# = 4 : 5A : E = 2 : 3になるようにしています。ですから、公倍音がこんなにきれいに現れます。

このA-C\#-Eの和音を鳴らした時の、倍音も含めた周波数のスペクトル(成分の分布)をグラフ化してみます。

まずは、A-C\#-Eの3音それぞれのスペクトルを見ます。実際の音を測定するのではなく、スプレッドシートを使って計算して、それをグラフにしました。

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このピークの形はガウス関数ってやつを使って作ってみました。まあ、大体こんな形でしょう。ピークの幅とか、倍音の減衰は適当に設定しました。縦軸はdbのように対数軸にはしていません。

ja.wikipedia.org

あまり厳密なグラフじゃありませんが、公倍音を見るには十分です。赤文字の公倍音の部分が重なっているのがわかると思います。

それでは、これらの音を重ねてみましょう。

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当たり前ですが、公倍音はキレイに重なってピークが高くなっています。

さて、ここまでが純正律的な和音の話です。ギターやピアノのような平均律楽器では、一般的には出せない和音ということになります。

その平均律でのA-C\#-E和音を見てみましょう。各音とその倍音の周波数は下表のようになります。

音名 基音 2倍音 3倍音 4倍音 5倍音 6倍音 7倍音 8倍音 9倍音
A 110 220 330 440 550 660 770 880 990
C# 138.59 277.18 415.77 554.37 692.96 831.55 970.14 1108.73 1247.32
E 164.81 329.63 494.44 659.26 824.07 988.88 1153.70 1318.51 1483.32

純正律では公倍音が現れていましたが、平均律では微妙なズレによって公倍音は現れません。これをグラフにするとこうなります。

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そして、音を重ねるとこうなります。

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純正律の和音に比べて、公倍数の部分でのピークがずれて低くなっているのがよくわかります。330Hzのところでのズレは小さく判別できない程ですが、550Hzのところや825Hzのところでは明らかなズレを見て取ることが出来ます。

倍音領域におけるこのズレは、純正律和音と平均律和音の、我々の感覚での差としてはかなり大きな部分を占めているのではないでしょうか。

人間の声は純正律を出せますので、公倍音を発生させることができるわけですが、合唱などでハーモニーが合った時のぐおーんと増幅される感じ(歌っていても聞いていても快感ですよね)は、公倍音の共鳴でピークがどーんと高くなっている事象の反映ではないかと思います。