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量子ビットにおける0と1の重ね合わせ

「量子ビットとシュレディンガーの猫」で、量子ビットの特徴は「0か1か」ではなく「0と1の重ね合わせ」の状態である、という話をしました。

今回は「0と1の重ね合わせ」について、もう少し詳しく見ていきましょう。

古典ビット、すなわち数字の0と1では、(加重した)平均を計算する、0と1の間の値を設定する、といったことは可能ですが、「0と1の重ね合わせ」は出来ません。「0か1かのどちらか」です。

この「重ね合わせ」という概念は、もともとは量子力学の概念です。ですから、量子ビットの話の前に、量子力学における重ね合わせの例を紹介しましょう。

電子にはスピンという属性があります。しばしば、スピンとは電子の自転のようなもの、と解説されます。確かに「自転のようなもの」ですが、自転そのものではありません。電子はパチンコ玉とは違って、自転するわけではなく、自転しているかのような物理量を持っている、ということです。

電子のスピンには上向きと下向きがあります。誤解を恐れずに例えるなら、スピンの上向きと下向きはフィギュアスケートのスピンの右回りと左回りのようなものだとしましょう。そして、電子のスピンは上向きと下向きの重ね合わせの状態をとります。繰り返しになりますが、重ね合わせの状態とは「上向きか下向きか、どちらかに決まっているけど、どちらかがわからない状態」ではなくて、「上向きか下向きか、どちらにも決まっていない状態」です。

そして、電子を「観測」することにより、上向きと下向きのどちらかに決まります。「観測」結果が上向きになるか下向きになるかの確率は「観測」せずに知ることが可能ですが、どちらの状態かは「観測」前には決まっておらず、「観測」によって初めて上向きか下向きかの状態をとります。つまり、電子の状態は「観測」によって決まる、ということです。しつこいようですが、人間は電子の状態を「観測」によって知ることが出来る、わけではありません。モノの状態は「観測」によって決まるのであって、「観測」しなければモノの状態は決まらないのです。

ただし、「観測」とカギ括弧付きで書いたのは、「観測」とは人間による何らかの行為を指すことではなく、観測対象に対して、電磁波とか電子とか陽子とかを作用させることを意味します。実は量子力学における「観測」の厳密な定義は出来ていないのですが(諸説あります)、ここではこのような説明にしておきます。

仮に「観測」結果が上向きになるか下向きになるかの確率がそれぞれ半々だとすると、「観測」前の電子の状態は「上向き半分、下向き半分」の重ね合わせ状態になっています。「上向き」かつ「下向き」ということは、古典物理の世界ではありえないことですが、量子力学においてはそのような重ね合わせ状態が世の中を正しく描写するモデルになります。

以上、我々の直感とは相容れない説明かとは思いますが、むりやり理解しようとは思わず、「そういうものである」と思って下さい。物理学者でも、例外なく「そういうものである」です。本当です。

このような電子のスピンの重ね合わせと同じようなものが、量子ビットの0と1の重ね合わせです。

前回の「量子ビットの表現方法 ― ディラック先生ありがとう」では、量子ビットを以下のように記述しました。

\left | \psi \right \rangle = \alpha \left |0 \right \rangle + \beta \left | 1 \right \rangle

そして、\left |0 \right \rangle\left |1 \right \rangleはそれぞれ、「0という状態」方向のベクトルと「1という状態」方向のベクトルという説明をしました。

最初に書いたように、重ね合わせるためには、普通の数字ではダメです。ベクトルであれば、適当な係数をかけて足すことである種の「重ね合わせ」が実現できます。その重ね合わせが上の式です。

とは言え、この式を見ても重ね合わせを実感することは難しいと思います。そこで、正確性を犠牲にして、直感的理解を促すような図を書いてみたいと思います。

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|0>と|1>の重ね合わせ

こんな風に、 |0 \rangle |1 \rangleは、 xy平面における x軸方向のベクトルと y軸方向のベクトルのようなものと考えても良いと思います。実際はもう少し複雑な表現になるのですが、重ね合わせを理解するための図としては、正確ではないですが許容範囲ではないかと考えます。

オレンジ色の |0 \rangleベクトルと |1 \rangleベクトルの足し算が赤い | \psi \rangleになっています。 |0 \rangleベクトルと |1 \rangleベクトルにある条件を満たす係数をかけて足し算すると、水色のようなベクトルになります。実際に量子ビットの表現で用いる |0 \rangleベクトルと |1 \rangleベクトルの重ね合わせは、終点が水色の破線円の上に来るようなベクトルになります。

「ある条件を満たす係数をかけて」というのは、

\left | \psi \right \rangle = \alpha \left |0 \right \rangle + \beta \left | 1 \right \rangle

における \alpha \beta に課される条件ですが、その条件についてはまた次回にしたいと思います。