科学と技術を雑学的に気まぐれに語るブログ 

科学と技術に関係したエッセイのようなもの

雑誌「現代ギター」の「ギターの音の遠達性」記事について(上)【ギタリストのための音の科学 19】

先日このブログでギターの音の遠達性について書きました。

 

nose-akira.hatenablog.com

 

この記事を書いている途中で気づいたのですが、雑誌「現代ギター」の2018年10月号で「ギターの音の遠達性」という特集がされていたのでした。以前は「現代ギター」誌を毎月買っていましたが、ここ数年はご無沙汰していたので、この特集があったことは知りませんでした。

 

というわけで、私の遠達性に関する考察は、現代ギターの記事の影響は全く受けていませんが、 ギター専門誌が遠達性についての特集記事を掲載しているのですから、その内容は気になります。バックナンバーを購入して読んで見ましたので、所感を述べたいと思います。下記は現在ギターの通販サイトで、バックナンバーも購入可能です。

 

www.gendaiguitar.com

 

「現代ギター」2018年10月号の「ギターの音の遠達性」特集はふたつのパートに分かれていて、前半は芝浦工業大学名誉教授の岡村宏氏へのインタビューで遠達性を科学的に探り、後半はギタリストの福田進一氏へのインタビューで演奏者の立場で遠達性に関する経験を語ってもらう、という構成です。

 

 まず前半の岡村氏へのインタビューですが、岡村氏は冒頭で次のように述べています。(以下、引用は全て「現代ギター」2018年10月号の「ギターの音の遠達性」から)

 

ギターの遠達性自体を研究テーマにしたことはまだないのですが、ギターのさまざまな鳴り方を調べた経験から、私なりの考え方を述べることはできると思います。

 

ご本人が「ギターの遠達性自体を研究テーマにしたことはまだない」とおっしゃっている通り、このインタビュー全体が、遠達性に関する研究や実験結果に関するものではなく、(遠達性に関係しているかもしれないと岡村氏が考える)音の経時減衰に関するものです。括弧内の「関係しているかもしれない」は自明ではありません。むしろ、そこが問題だと私は思ってます。

 

経時減衰と太字にしましたが、ここ重要です。特に経時が重要です。

 

インタビューからの引用を続けます。

 

―― つまり弾弦直後の包絡線の形が長く続くほど、遠くでも聴こえる「遠鳴り」のギターということでしょうか?

岡村 そうであろうと推測しています。逆に、弾弦直後に包絡線形状が崩れる現象があると、「そば鳴り」のギターと称し、遠達性に課題があると言われるのでしょう。

 

ここで「遠鳴り」「そば鳴り」という言葉が出てきますが、前者は遠達性の高い様子を表し、後者は遠達性の低い様子を表しています。また、包絡線とは基音、2倍音、3倍音、……のピークを繋いだ線をそう呼んでいます。下図の山の頂上を繋いだ折れ線が包絡線です。

 

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 この包絡線の形状が経時変化で崩れないこと、もちろん、全体的には経時減衰はするのですが、周波数によって減衰率が大きく違わないことが遠達性に繋がるという推測を、岡村氏は述べています。ただし、包絡線形状の保存が遠達性に関連する根拠は特に述べられてはおらず、包絡線形状の変化に関する実験について、

 

試験目的が違っていましたので、残念ながら、遠達性については評価されていません。

 

と述べています。そもそも、包絡線形状の経時変化実験は「音色の伸び」の評価のために行ったとのこと。包絡線形状(=各倍音の割合)は音色を決める重要な要素なので、その経時変化で「音色の伸び」(=音色の経時変化の少なさ)を測ることは理にかなっています。でも、それが遠達性と関係するかどうかは別問題です。

 

遠達性を評価するためには、遠達性どう定義するのかが第一歩で最も重要だと思うのですが、本当に残念なことに、遠達性の学術的定義はありません。ありませんので、私なりに妥当と思える定義なり考え方で遠達性のエントリーを書きました。

 

「遠達性」の謎に迫る(上)【ギタリストのための音の科学 15】では、遠達性を左右する要素として以下の3つを挙げました。

 

  1. 音の大きさ
  2. 音の指向性
  3. 音の質

 

 包絡線が崩れないことを遠達性と結びつける議論は、1の音の大きさと3の音の質に関わる議論です。「音が大きければ遠くまで聴こえる」のは自明として、包絡線議論は絶対的な音の大きさだけではなく、倍音成分の比率が保たれていることを遠達性に結びつけています。

 

その根拠は示されていませんし、岡村氏も遠達性の評価はしていないと認めているのですが、あえて反論するのなら、「包絡線が形状が崩れない=倍音成分の比率が保たれている」というのは経時減衰の話であって、遠達性に直接関係する伝達距離に依存した減衰については何も言っていないのです。

 

つまり、本来は距離に関係した話なのに、時間に関係する話に変換してしまっている点で、包絡線議論は不十分と言わざるを得ません。包絡線形状が保たれることが、何らかの機序により距離に依存した減衰に関係する可能性は否定しませんが、その機序が示されない限りは、「包絡線の形状が崩れない程、遠達性に優れる」という仮説を提示する根拠は希薄だろうと思います。

 

以上が、私が「現代ギター」2018年10月号の「ギターの音の遠達性」記事前半を読んでの所感です。

 

 ちなみに「遠達性」の謎に迫る(下)【ギタリストのための音の科学 16】では、

 

  • 周波数が高い音(高音)ほど減衰率が大きい

 

という機序に基づき(根拠は音響工学の論文および流体力学的、波動論的考察)、倍音成分が小さい音は遠達性が高い」という仮説を提示していますが、ここで言う減衰率とは経時の減衰ではなく、音の伝達距離に依存した減衰です。

 

つまり、私の遠達性議論は「音の伝達距離に依存した減衰の大小」の話になっている、ということです。

 

次回は、「現代ギター」2018年10月号の「ギターの音の遠達性」の後半についての所感を述べたいと思います。