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固有振動数と倍音【ギタリストのための音の科学 05】

ギターの弦の実際の振動(多少の単純化は行いますが)を考える上で「固有振動数」という概念が重要になるため、前回固有振動数について説明しましたが、まだ十分には説明出来ていません。不足している部分は、弦の固有振動数についてビジュアルにイメージしてもらうことと、弦の固有振動数はひとつではなく複数存在する、という点です。これからその2点を説明します。

前節ではブランコの例を挙げました。ブランコと弦では振動について共通点もありますが、相違点もあります。ギターなどの弦の最大の特徴は「両端が固定されている」という点にあります。その「両端が固定されている」ことによって、弦独特の振動が出現します。

ギターの弦を指で弾く時の弦の様子を考えてみましょう。弦のとある場所に指を置き、指で弦を垂直方向(弦の伸びている方向に対して垂直、という意味です)に変位させてから指を放すと、弦の変位が両方向(ナット方向とサドル方向)に伝わって行きます。その変位が伝わる現象が弦の振動(=波)です。

弦を弾いた位置から両方向に伝わる波ですが、両端(弦がナットに接するところ、弦がサドルに接するところ)では固定されていて変位することが出来ません。変位出来ないので、そこで波が終了するかと思いきや、実はその波は両端で反射します。反射については、鏡で光が反射することや、ボールを壁に投げつけて跳ね返ってくることからイメージして下さい。

弦を指で弾いてできた波は、弦の両端で反射を繰り返し、ナットとサドルの間を何往復もします。そして、最初に弦を指で弾いた時には波は両方向に伝わりましたから、ナットとサドルの間を往復する波は片方向ではなく両方向存在しています。

そうすると、波と波が正面衝突することになります。波と波の正面衝突は「干渉」と呼ばれる現象を引き起こします。波の山と山が重なると、山の高さは二つの山の高さを足したものになります。波の山と谷が重なると、山と谷で高さが相殺されます。これは「重ね合せの原理」と呼ばれています。

ここまでを整理すると、ギターの弦を弾くと、弦は両端が固定されているため、波の反射が起こり、波の正面衝突が起こり、結果、干渉が起こっています。

両端が固定された弦で継続的に波の正面衝突により、「共鳴」とか「共振」とか呼ばれる現象が起こります。「共鳴」は「干渉」の特別なパターンと言えます。弦の長さに応じたある波長の波が干渉により振れ幅が増幅され、なおかつ安定的に存在できます。このような波の事を「定常波」と呼びます。

あれこれと用語が出てきて整理出来ないかもしれませんが、図に表わすと直感的に理解出来ると思います。下図が弦の定常波です。両端が固定されているので、両端は振れずに節になり、真ん中が振れ幅が最も大きな腹になります。このような波は、見た目ではどちらにも進まず、一ヶ所に留まって振れ幅だけが変化しているように見えるため「定常波」と呼ばれるのです。そして、定常波が出来る仕組みは、お互いに逆方向(下のグラフでは左向きと右向き)に進む二つの波の干渉です。

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このグラフ、横軸は弦の長さを1としています。横軸の0から1までが弦に相当すると思って下さい。縦軸は±2の範囲ですが、振れ幅が1の波が重なると、最大で2の振れ幅になることを示しています。青い線はスタート時点で波が全て打ち消しあってその瞬間の弦の揺れが全体を通してゼロになっています。赤い線と黄色い線は、それぞれ振れ幅が最大・最小になる瞬間を示しています。

このグラフを見て分かる通り、この弦に出来る定常波は制限があります。波長が弦の長さに「うまく収まる」必要があります。図の横軸の長さ(=1)は実は波長の\frac{1}{2}なのですが、この図の場合、「波長の\frac{1}{2}= 弦の長さ」にならないと、定常波が弦に収まって(両端が節になって)くれません。つまり「弦に定常波を作る波の波長は弦の長さによって定められる」ということです。

ちょっと難しいかもしれませんが、波には「波長 x 振動数 = 速度」という関係があります。波は波長分の長さを振動数分だけ繰り返した長さだけ進みますから、1秒当たりの振動数を波長と掛け合わせると1秒に進む距離(=速度)になる、という意味です。

このような関係があるので、先に述べた「弦に定常波を作る波の波長は弦の長さによって定められる」を「弦に定常波を作る波の振動数は弦の長さによって定められる」と言い換えてもよいことになります。この言い換えに当たっては、同じ現象を指しているので速度はある一定の値で、「波長 x 振動数 = 速度」という関係から、波長を決めると振動数も一意に決まるからです。

定常波を作れる波の振動数は任意に決められるわけではなく、弦によって制限を受けますが、定常波を作れる振動数をこの弦の「固有振動数」と呼びます。前節で出てきた一般的な固有振動数の説明は、「揺れやすい振動数」「揺れた状態を維持しやすい振動数」でしたが、両端を固定した弦の場合には、揺れやすくて揺れた状態を維持しやすい波はすなわち定常波になる、ということです。

上図のような波が固有振動数を持つのですが、図を見ていると、この波以外にも弦に「上手く収まる」定常波が存在することが想像出来るでしょう。上図の定常波は腹がひとつですが、腹が2つの定常波、腹が2つの定常波、腹が3つの定常波、腹が4つの定常波、以下同様です。実際、そのような定常波も存在しています。下図にそれらを示します。

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以下同様に、原理的にはいくらでも腹の数は増やせます。

ギターのような弦楽器の場合、腹がひとつの定常波による音を基音、腹が複数の定常波による音を倍音と呼んでいます。

固有振動数に関係した長い説明を経て、ようやく、ギタリストにとってイメージしやすいところまで辿り着きました。

腹がひとつの基音は、解放弦を弾いた時に弦の真ん中(12フレット)を腹にして振動するパターンです。腹が2つの倍音(2倍音)は12フレットの位置に指を置いて鳴らすハーモニクスです。12フレット上の弦に指を置くことで、弦の真ん中を節にする、すなわち弦の真ん中が振れない振動を作ってあげるのです。腹が3つの倍音(3倍音)は7フレットの位置(実は厳密には7フレットの位置ではないのですが、その話は後の節で)に指を置いて鳴らすハーモニクスです。

「2倍音」とか「3倍音」の「2倍」「3倍」とは、基音に比べて振動数が2倍、3倍になっていることを示します。図から見て取れるように、基音の定常波に比べて波長が1/2、1/3になっていますから、その分、振動数が2倍、3倍になるわけです。

これらの音は全て固有振動数です。前に弦の固有振動数がひとつではないと述べましたが、それは、基音の他に倍音が何種類も(原理的には無限に)ある、ということを指しています。
つまり、これまで使っていた振動数の式

f=\displaystyle\frac{1}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}

これは弦の固有振動数を表しますが、正確には

f=\displaystyle\frac{n}{2l}\sqrt{\frac{T}{\rho}}\quad n=1,2,3\cdots

ということになります。n=1が基音、n=2が2倍音n=3が3倍音(以下同様)の振動数を表します。

2倍音は12フレットの位置に指を置いて鳴らすハーモニクスという説明をしましたが、ギタリストならご存知の通り、解放弦をそのまま弾いただけでも2倍音は鳴りますし、その他の倍音も鳴っています。つまり、ギターの弦を弾いた時に鳴る音は、基音だけではなく、基音と複数の倍音の組み合わせ(つまり固有振動数の音の組み合わせ)で成り立っているのです。

ギターの音について語るために、ここまで固有振動数について説明してきた理由は、ギターの音が(実はギターの音に限りませんが)固有振動数の音の組み合わせで成り立っているからです。

固有振動数の振動がどう組み合わさってギターの音になっているかについては、次回で説明します。